消えた彼女

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消えた彼女

 これは大学時代に実際に体験した話なんだけど、当時僕は物凄い美女と付き合っていた。北陸出身だからか、色白ではかなげな美女だった。  キャンパスで偶然見かけた僕は、完全に一目惚れ。お近づきになりたいと、まずは名前を覚えてもらうところから始めて、毎日偶然を装って彼女の前に現れては熱烈にアピールした。  彼女の友人たちにも協力してもらって外堀を固めて、そして見事に成功。僕は彼女と付き合うようになった。  当初は本当に浮かれていたよ。  どこに連れていっても自慢の彼女だった。  付き合ってみると、意外にだらしないところがあった。  待ち合わせは必ず遅れてくる。講義も遅刻の常習犯。  今日は見ないなあと思っていると、寝坊して面倒になったから休んだとか。  そんな生活態度はバイトにも影響して、何度もクビになっていた。  ただ、見た目が良いから、すぐに次が見つかる。  それで彼女自身は困っていなかったんだと思う。だらしない生活を改めることはなかった。  でも僕は彼女を愛していた。  どれだけだらしなくても、その魅力を損なうことはなかった。  むしろ、つかみどころのないところがミステリアスで素敵だと、絶賛さえしていたほどだ。  恋は盲目だって? その通りだね。  これで僕がどれだけ彼女を愛していたか、分かって貰えたよね。  前置きが長くなった。ここから本題だ。  彼女と付き合いだして、2度目の春を迎えた頃だった。  いつも待ち合わせに遅刻する彼女だったので、この頃には外での待ち合わせを諦めて、僕が彼女のマンションに行くようにしていた。  彼女は1LDKの部屋で独り暮らしをしていた。  同棲したいと言ったこともあったが、許してくれなくてね。  なんでも、彼女の母親が予告なく上京してくるとかで、彼女は同棲をしたがらなかったんだ。  それで僕は、数駅離れたアパートで男の友人とシェアして住んでいた。  ある日、映画デートを約束していた僕は、「朝10時に迎えに行く」と、彼女と約束した。  当日になると、彼女の部屋に10時ちょうどにつくよう家を出た。早く行くと、ギリギリまで寝ていたい彼女が怒るんだ。  さすがに10時なら起きているからと、その日は約束した。  彼女の部屋の前につくと、腕時計で時間を確認した。 「よし、10時1分前だ」  ――ピンポーン。  チャイムを鳴らしたが、彼女は出てこない。  外で待っていると、部屋の中から強いシャワーの音がすることに気付いた。  ――シャーーーー。 「なんで約束の時間にシャワーを浴びているんだよ」  ちょっと腹が立った。  ここに突っ立っていても、ドアが開くことはない。少なくとも、彼女がシャワーを終えるまでは。  そこで僕は、合いカギを取り出し、カギを開けて中に入った。  約束の時間を過ぎて寝ていたら、勝手に入って起こしてくれと合いカギを渡されていたんだ。  ――シャーーーー  浴室からは、相変わらずシャワーの音が聴こえてくる。  僕が来ることは分かっているのだからと、声を掛けずにリビングに行って、スマホを見ながら彼女が出てくるのを待った。  やがて、シャワーの音が消えた。  次に体を拭いて、濡れた髪をドライヤーで乾かすだろう。  僕は少しイライラしながら腕時計を見た。  映画の上映時間が迫っている。  寝坊助の彼女に合わせて、出発時間には余裕を持たせているが、こんなにのんびりされては間に合わなくなってしまう。  かといって、シャワー中に早くしろと怒るのは得策ではない。  彼女がへそを曲げてしまえば、デート自体がなくなってしまう。ちょっとわがままだったんだ。そこがまた良かったんだがね。  そういうわけで、ただひたすら我慢して待った。 「さすがに遅いな」  いつまでたっても、ドライヤーの音が聴こえてこない。  単に僕が気づかなかっただけだろうかと思ったが、それにしては浴室から出てこない。 「もしかして、約束を忘れているとか?」  不安になった僕は、思い切って浴室のドアをドンドンとノックした。 「ノル、僕だけど」  ノルというのは、彼女の名前だ。  何度かドアを叩いて声掛けしたが、中は静まり返っている。  もしかして、驚かせてしまったかもしれないと優しく声を掛けた。 「僕だよ。今日は映画を見に行く約束だったよね。迎えに来たよ」  しかし、返事はなかった。 「開けるよ」  心配になった僕は、ゆっくりとドアを開けた。  すると、中には誰もいなかった。  だーれも、いなかったんだ。 「え? ノル?」  怖くなった僕は、こわごわ名前を呼びながら、ユニットバスを確認した。  そこは確かに濡れていた。  ここでノルはシャワーを浴びていたはずなのだ。  それなのに、どこにもいなかった。  不思議だろ。彼女は僕もいた部屋から見事に消えてしまったんだ。  そして、それっきり、彼女の顔を見ることはなかった。  彼女の姿は、大学からも消えてしまった。  まるで神隠しだと思わないか?  たまに今でも彼女が夢に出てくるんだよ。  ミステリアスな笑顔を浮かべてさ。  ほんと、あの日、彼女に身に何が起こったんだろうね。  あれから数年経ったけど、今でも分からなくてモヤモヤするんだ。
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