《九》

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 紀平治の後ろにいる白縫は両手に長刀を握りしめている。 「ましらどもが傍に来ればすべて斬り倒してやろうと考えていたのに、紀平治が飛礫で全員倒してしまったわ」 鼻息荒く白縫が言う。大丈夫だったかと言おうとした言葉を為朝は呑み込んだ。  紀平治と白縫を伴い、郡庁の傍に行くと、立っているましらは一人も居なかった。忠国の郎党がましらの屍体をどこかに運び出している。返り血で顔を汚した道高が傍に来た。 「何人か逃がした。全員は倒せなかった」 道高が口惜しそうに言った。権守家遠と家季も馬を寄せてきた。 「瀬踏みだな」 顎をさすりながら、権守家遠が言った。 「忠国が助っ人を連れてきたという情報を受けて、奴ら試しにきやがったんだな」  忠国の館は郡庁のある敷地に併設されている。為朝は館を囲む柵に黒駿を繋いだ。訪ないも入れず、権守家遠が白い木戸を横に引き、大股で忠国の館に入っていった。為朝たちは権守家遠の後に続いた。 「父上は多分、一番奥の部屋にいるわ」 廊下を歩きながら白縫が言った。 「雷や地震、恐ろしいことがあるたび、籠る部屋があるの」  白縫が先頭を歩いた。一番奥の部屋の戸を白縫が引き開けると、亀のように丸まった忠国の姿があった。なまんだぶ、なまんだぶ、亀の格好をした忠国が念仏を唱えている。その傍で背中を擦っているのはのは、忠国の妻、白乃だ。白縫の母親でもある。権守家遠が忠国の尻を蹴りあげた。 「奴ら引き揚げていったぜ」 権守家遠が言うと忠国は念仏を止めて顔を上げた。 「怪我人は何人か出ましたが、死者は一人も出しておりません」 板敷きに膝をついて道高が言った。
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