屋上でのブリーフィング

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屋上でのブリーフィング

 ゴールデンウィークも過ぎた五月中旬のある日の放課後。  「失礼します」  一礼して職員室に入室した少年は左折し、机でパソコン作業をしている教員の前で止まった。  「甘粕先生、物理で教えてほしいところがあるのですが」  教員はパソコンの液晶画面に目を向けたまま、タイピングをしつつ返事をする。  「なんだ、小野寺。ちょっと待ってろ」  甘粕はキリのよいところで作業をやめ、訪ねてきた少年、小野寺の顔を見上げると何かを察したような顔をする。  「すまんな、ここに物理の教科書なくてな。物理準備室にあるから、そこで質問を受けよう」  「わかりました」  甘粕は立ち上がると、小野寺を連れ立って物理準備室へ向かった。物理準備室に入ると甘粕は振り返り小野寺に尋ねる。  「先日、クラスの状況報告を聞いたはずだが?」  小野寺は背負っているバックパックから、A4ビラ数枚を甘粕に渡すと口を開いた。  「先日報告した、クラスの重要事案である対象Kについてです。Kがカースト制を敷き一部生徒を弾圧していることや、どうしてそのような行動を取るのかなどの背景を報告させていただきました」  「ああ、1年の時からお前のその情報収集能力には恐れ入るよ。お前はクラスの人間とは群れないから、人脈など無さそうに見えるんだがな」  甘粕が首を傾げながらいうと、小野寺は不敵な笑みを浮かべる  「アセットはたくさん持っていますので」  甘粕は頭の上にクエスチョンマークを浮かべたような表情をしてから、  「よくわからんが、今日はどのような用件か?」  と小野寺が接触してきた理由を尋ねた。  「先日の報告で、対象Kがカーストを敷きたがる理由の推測を説明させていただきました」  「なんだっけ?過去に自分が省られたことがあるから、自分がクラスの頂点に立って省られないよう管理したいだっけ?」  「本日、その推測の確度を高まる事象が起こりました」  と言いながら、小野寺はポケットから封筒を取り出し、甘粕に差し出した。甘粕はその封筒を受け取り中身に目を通す。  「お前、やったな。ラブレターじゃねえか。逢い引きのお誘いかな?」  カラカラと笑いながらいうと、小野寺は微動だにせず説明を続ける。  「対象Kがカーストを敷きたがる理由が自分の身の安全を確保したいという考えならば、私のような、クラスの誰とも関りを持とうとしない得体の知れない人間はコントロールしづらい。どうにかしておきたいのでしょう」  甘粕がポリポリと頭を搔きながら小野寺に尋ねる。  「で?俺は何をすればいいのかな?」  甘粕の問いに、小野寺は柔らかい笑顔を浮かべて答える。  「いえ、ただの報告です。協力を仰ぎに来たわけではありません。こちらで対処いたしますので。1年の時からそのようにしてきましたではありませんか」  甘粕は腕を組みながら天を仰ぐようにしてから呻く。  「うーん…そうだったなぁ。俺が外部のSNSリサーチャー使って、クラス内のイジメ調査してるときもそうだったなぁ」  小野寺は遠くを見つめ、薄ら笑いを浮かべながら、  「ああ、あの時は困りました。こちらとしては主犯を炙り出すまで泳がせておきたかったのですが、先生が実行犯を注意してしまったので見事にスケープゴートになってしまって主犯の思うつぼでしたよね」  あの時は苦労しましたよと暗に意味するような言い方をした。  「それにしても、クラスと関りを持とうとしないお前が、なぜそこまでしてクラスの秩序を気にするんだ?」  甘粕は前々から気になっていたことを小野寺にぶつけた。  「簡単な話です。秩序が守られていなければ、クラスが荒廃し余計な面倒が増えます。しかし、クラスの人間と深くかかわっても余計な面倒が増えます。ただ単に面倒なことを避けたいだけですよ」  小野寺の答えに、甘粕は眉間にしわをよせる。  「まったくわからん」  小野寺は腕時計に目をやってから、  「そろそろ相手の指定する時間が迫っていますので、これにて失礼いたします。本日のことは改めて報告いたします」  一礼して踵を返すと物理準備室を後にした。  遡ること約三時間前の昼休み。  小野寺の通う高校では、屋上への侵入は禁止となっていたが、甘粕から屋上のドアを開ける鍵を融通してもらっていた。小野寺が校舎の屋上へ出るとすでに先客がフェンスを背もたれにして座り込んでいた。  「待たせたな。お前にも鍵を持たせておいて良かったよ。屋上に入ったことは誰にも見られてはないな?」  小野寺は先客に声をかけ、隣に腰を掛けた。  「とうとう、対象Kが仕掛けてきたって感じかな?」  先客の少年が小野寺に問いかける。  「ああ、そうだ。時間もあまりない。飯でも食いながらブリーフィングをしよう」  と言いながら、小野寺はバックパックの中から昼飯として用意した菓子パンとA4用紙に印刷したgoogleマップと封筒を取り出した。その中から封筒を開く。  「対象Kからの招待状だ。これまで対象Kが、気に食わない相手を呼び出してきた場所はアルファ、ブラボー、チャーリーの3か所。一番呼び出しに使用されてきたのはアルファだが、今回招待状に書かれている場所もアルファだ。この前下見に行った甲斐があったな。山下」  小野寺は菓子パンを頬張りながら、先客の少年である山下に話し続ける。  「で、だ。ポイントアルファで人通りが少なく、人が隠れられそうな茂みや木々が周りにあるベンチを待ち合わせ場所として指定してきた」  招待状と一緒に持ってきたgoogleマップを指さしながら、小野寺は山下に説明した。  「小野寺君、僕は何をすれば?」  山下は持参したおにぎりを頬張りながら、小野寺の指示を仰ぐ。  「レコンとサーベイだ。対象Kは相手が要求に従わない場合は武力を行使してくるのは事前の調査で分かっている。情報では6人と聞いているが、増強されている可能性もある。山下には、ベンチ周りにアンブッシュしてる敵数の確認と現場の撮影だ。敵戦力が不明のため俺がやられる場合もある。そうした場合は現場を撮影した映像が役に立つ」  小野寺の話を聞いた山下は神妙な顔をしながら固唾を飲み込む。  「小野寺君は囮になることも辞さないんだね…」  「大丈夫だ。危ないと思ったら撤退する。俺が撤退したら山下も撤退するんだ。使用する機材は今渡す」  小野寺はバックパックから機材を取り出す。ビデオカメラと三脚、長さ15cm弱のモノスコープ、小さく丸められた迷彩柄の偽装網を山下に渡した。  「簡単に使い方をレクチャーしよう」  小野寺は機材の説明を始めようとすると山下が機材を見て興奮し始めた。  「小野寺君、このスコープはリューポルド社製のLTOトラッカーだよね!サーマルスコープじゃん!これすごく評判いいよね。女子高生じゃないJKとかから」 目を爛々と輝かせる山下に小野寺は冷静に説明を続ける。  「そうだった、山下はこういうの好きだったな。LTOはサーマルスコープだから茂みや森の索敵に使える。6人以上いるか確認してくれ。あとこの偽装網だが、スニークフードだ。頭から肩のラインを隠せる。アンブッシュしてれば発見されにくいはずだ。ビデオカメラはまあ、大体わかるよな」  小野寺と山下は昼休み終了ギリギリまで放課後の作戦について確認した。
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