1 お見合い

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……しっかりしないと。 こんなすごい方が私を婚約者に選ぶなんて、 そんな大それたことまず考えてないけれど、 相手は、お店を救ってくれた恩人のお孫さん だもの。 お見合いが何事もなく無事に終わるように、 役割を果たさなくちゃ。 自らを、奮い立たせながら背筋を伸ばすと、 ゆっくりと小道を進む彼の後ろについて歩い ていく。 それにしてもどこから見ても絵になる方だ。 約束の11時の15分前に私達が着いた頃。 お見合い場所として指定されたラウンジに、 彼はチャコールグレーのスーツ姿で現れた。 「久瀬蒼真です。 よろしくお願いします。 本日はこちらまでわざわざお越しいただき、 ありがとうございます」 知的さを感じさせる言葉遣いと物腰柔らかな 話し方。 それでいて全く動じず微笑を浮かべる姿は、 さすが大会社のトップらしい堂々としたもの だった。 「天宮美音と申します。 よろしくお願いします」 お見合いなのに「初めまして」と言わなかっ たのは、私の職場で一度会っているからだ。 挨拶と共に小さく会釈をした頭を上げると、 私の正面に立つ彼とあらためて目が合った。 凛々しい眉と涼しげな切れ長の瞳が並んだ、 清閑で、端正な顔立ち。 ジャケット越しにも分かるほど引き締まった 体躯と、恵まれた長身。 思えば、彼の本来の顔を見たのは初めてで。 その容姿に圧倒されてどぎまぎしていると、 頃合いを見計らったように母親同士が言葉を 交わす。 こうして私の人生初のお見合いはついに幕を 切った。 といっても彼の父親は海外視察で来られず、 私の父も大口の納期前でお店を空けられず、 自己紹介がてら気軽にお茶でもしましょうと いうくだけた席だった。 互いに、同席は母親だけなら少しは気もラク だろう。 などと、安易に構えていた自分は甘かった。 結婚を前提に集まった両家が過ごす時間は、 とんでもなく神経を遣う試練のようだったの である。 最初こそ話題は家業や家族構成だったから、 時折相づちを打つ程度で済んでいたものの、 経歴だとか趣味だとかに移行するとそうもい かない。 会話は細心の注意を払いながら言葉を選び、 顔に笑顔を張りつけた。 しかし、終始そうあり続けるのは当然限界が あった。
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