1 お見合い

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「うわあ……!」 先ほどまでガラス越しに眺めていた庭園は、 自然が作り上げた一枚の絵画のようだった。 ちょうど今週が見頃だという紅葉は山吹色、 朱色のコントラストが最盛期を迎えていて、 ラウンジから外へ出るとため息がこぼれる。 「気に入っていただけましたか?」 つい夢中になっていた。 聞こえてきた穏やかな声にハッと気づくと、 二歩先で足を止めてほほえむ彼と目が合い、 意識が、現実へと向く。 ここは、創業数百年の歴史ある老舗ホテル。 雄大な土地を贅沢に使った純和風の庭園は、 池を囲むように整備された小道を散策でき、 どの客室からも都心とは思えない四季折々の 豊かな景観を楽しめる。 いつだったか電車内の吊り広告で見かけて、 一度は泊まってみたい憧れのホテルだった。 しかし、人生って何が起きるか分からない。 まさか、こんなに早く。 しかもお見合いで訪れるなんて思ってもみな かった。 「あっ、あまりに綺麗で感動してしまって。 はしゃいですみません」 こういう静かな場所で無邪気に声をあげて、 5つも年上の彼からすれば子供っぽかっただ ろうか。 まるで、モデルみたいな長身を引き立てる、 見るからに上質そうなグレーのコート姿に向 かって、慌てて謝った。 なにしろ相手は国内でも有数の不動産会社の 御曹司。 気品と逞しさを併せ持つ紳士的な佇まいは、 あらためて彼が大人の男なのだと認識させ、 途端に恥ずかしくなる。 「とんでもありません。 美音さんの笑った顔が見れて安心しました」
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