1 お見合い

3/19
2712人が本棚に入れています
本棚に追加
/94ページ
くすっ、と笑うと彼はゆったりとした口調で 続けた。 「まともな反応ですよ。 緊張感も笑顔がどこかこわばっていたのも、 伝わってきましたから。 慣れない席でなんだか気疲れしたでしょう」 これは、優しさなのか。 それともお見合いを円滑に運ぶ為の振る舞い なのか分からなかった。 短いOL生活で仕事も恋愛も全力で頑張った けれど、プライベートで会うのは今日が初め ての相手の深層心理を読む技術なんてない。 だからといって便乗して正直に『はい』とも 言えず、返答に困って思わず黙っていたら、 小さく笑う気配がした。 「……困らせましたね。 すみません」 「いえ、そんなっ……、 こちらこそお気遣いありがとうございます」 彼の言動が前者か後者どちらかである前に、 人の厚意は素直に感謝すべきだと反省して、 ぺこり、と頭を下げる。 すると。 「このホテルは紅葉の美しさが特に有名で。 ちょっと気分転換を兼ねてお誘いしてみたん ですが、喜んでいただけたのなら良かった」 ついさっきはどこか苦笑して見えた表情が、 再びふんわりと緩んだ。 不思議。 業界では若き敏腕副社長として名を轟かせ、 頭脳明晰なやり手だというこの方を私が一喜 一憂させているなんて。 30を過ぎた男性なのだから過去にいくつも 恋愛をしただろうけど。 もしこれが演技ならば彼は相当な手練れだ。 「少し歩きましょうか」 「はい」 頷いて、ぎこちないながらも笑ってみせる。 この時、11月のひんやりと肌寒い風がワン ピースの裾を揺らした。 パンプスを新調したばかりで慣れない為か、 お見合い相手があまりにハイスペックだから なのか。 ゆらり、と足元が一瞬だけ揺れた気がした。
/94ページ

最初のコメントを投稿しよう!