1 お見合い

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表情も、言葉の一言一句すら気が抜けない。 そんな状況にだんだん疲労を覚えていた時。 「お話中にすみません」 それまで4人で交わしていた会話が途切れ、 束の間、スイーツに目がない双方の母親が、 浅草界隈の甘味処について盛り上がっていた ところ、ティーカップを口に運んだ彼が切り 出した。 「せっかくなので美音さんと少し庭を歩いて きてもいいでしょうか」 まさに天の助けだった。 今にもひきつりそうな笑顔をごまかしていた 私には、もう願ってもない誘いだったのだ。 「ええ、もちろんだわ。 美音さんいいですか?」 ラウンジでは当たり障りないやりとりのみ、 誰もが距離感を詰めるような言動をしなかっ た席で、初めて明確な意向が発せられた瞬間 だった。 そのリアクションで彼の母親は乗り気だと、 縁談が、上手くいくことを少なからず望んで いるようだと理解する。 「はい」 承諾は二人きりになるということだけれど、 それよりも今はとにかくこの場を抜け出した かった。 「じゃあ行ってきます」 「ええ。 美音さんをちゃんと案内して差し上げてね」 席を立つ息子を彼の母親が笑顔で送り出す。 この時、横から視線を感じて顔を向けると、 母が心配そうな表情で私のことを見ていた。 『大丈夫?』 『大丈夫よ』 年齢の割に度胸があるのは姉さん女房だった 祖母譲りかもしれない。 娘を案じる母に応えるように笑顔を返すと、 私はコートを手にしてラウンジを後にしたの だった。 「寒くありませんか?」 「はい。 ありがとうございます」 斜め前を歩く彼の視線が後ろへ向けられる。 今日の私は淡いブルーのワンピースの上に、 ベージュのトレンチコートを羽織っていた。 もしも、寒いと言ったらどうするのだろう。 今この場でその高級そうなコートを脱いで、 どうぞ、と言って貸してくれるのだろうか。 これが韓国ドラマならときめくシーンだし、 両思いなら幸せな感覚に浸れるだろうけど、 私達は到底あり得ない。 だって、お互い自ら希望してここに来ている わけじゃないんだもの。 彼は家族を介したお見合いだから顔を立てる 為に来たまでだろうし。 私はお世話になった恩義を少しでも返す為、 応じただけなのだから。
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