まんじゅうじじいと僕の夏

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.  真夏の太陽に熱せられ、アスファルトにくゆる陽炎。それと同調するようにユラユラ頼りなく歩いているのは、この辺で“まんじゅうじじい”と呼ばれている小汚いジイさんだ。  “まんじゅうじじい”の言われというのは、よくこんな夏の日、「まんじゅう……」「まんじゅう……」と呟きながら徘徊している姿を、近所のいろんな人が目撃しているから。  よっぽど饅頭が食べたいのだろうと、一度世話好きの自治会長が茶饅頭の箱を持っていったことがあるらしい。でも結局まんじゅうじじいは、それに見向きもしないで、歯のない口をポカンと開けたままだったと言うから、あれはただの口癖みたいなものだと広まっていた。  あの果てまでも青い空も、威勢よく迫り上がる入道雲も、軒先で大輪を輝かせる向日葵も、今のまんじゅうじじいの目には何一つ映ってないんだろう。虚ろな眼差しは、ただ漫然と前に向けられ、おそらくどこに続いているかもわかっていない一本道を、ひたすらユラユラと進んでいく。  まんじゅうじじいは、まだ頭がしっかりしていた頃、よく僕だけに子供の頃の話を聞かせに来ていた。  夏休みになると近所の子供達で冒険隊を結成し、自分はその隊長だったこと。  海辺にある洞窟を探検したり、お化けが出ると噂される廃病院に忍び込んだり、この辺で最も危険な卯木渓の崖でロッククライミングを試みたり。  今の町並みに当時の夏景色を重ね、目を細めて語るまんじゅうじじいは、なんだか本当に子供の頃に返ったみたいで、機嫌がいい時なんかは、その頃流行ったシャイン仮面の変身ポーズを披露してくれることさえあった。  認知症になってからは僕のことも忘れてしまったらしく、もう全く話しに来てくれなったことが、少し寂しい。 .
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