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遠くからじっと見守っていると、やがて道は登り坂に差しかかっていた。自転車の立ち漕ぎでは登り切れないような急勾配だから、まんじゅうじじいのおぼつかない足取りでは、どう考えても厳しそう。
それでも登って行こうとするまんじゅうじじいが、思ったとおり途中でふらつき、転びそうになったところで、僕はたまらず駆け寄っていた。
「ねぇ、この先は行き止まりで何もないから、あっちの平らな道にしなよ」
この丘の先は、戦国時代の小城の跡地になっていて、所々に見える古い石垣の名残が辛うじて当時の面影を漂わせていた。一時期は森林組合の事務所なんかが建っていたけど、今は取り除かれて伸び放題の草が覆っているばかり。さらにその夏草が、急な崖との境目を曖昧にしているから、うっかりすると足を滑らせる可能性もある。
「やめなよ、無理だよ!
引き返そうよ!」
僕はさらに声を張り上げたけど、まんじゅうじじいの耳には、僕の声が届いていないらしい。こっちを見向く素振りも見せずに、ただ坂の上に広がる空を見つめ、震える足を交互に運び続けていく。
八方で湧き続ける蝉時雨が、とうとう僕の声をかき消してしまった。止めることを諦めた僕は、ただその痩せた背中を見守り続けることしかできなかった。
そう言えばまんじゅうじじいは、子供の頃、仲間達とよくこの丘で遊んだ話しをしてたっけ。町を一望に見渡せるこの丘の景色は、眩しいくらいに光輝いたこの世界の、一番中心にいるみたいで大好きだったって。
まんじゅうじじいの認知症状の原因は、脳細胞の萎縮じゃなくて、脳に出来た腫瘍だった。それがだんだんと大きくなっていって、いろんな脳みその機能を圧迫し始めている。
高齢なこともあって、家族は手術を諦め、ただゆるやかにその時を迎え入れようとしていた。
まんじゅうじじいが望むのなら、僕はそうさせてあげたいとも思い始めていた。
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