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あの子に追い越されたってさ
「あ~、うん、知ってた」
夕食後ソファに寝ころびながら、携帯を操作していた手を止めて司が言った。
「何で言わないのよ!」
ちょっとちょっと、信じられない!と非難すると
「言わないっしょ、そんなん親にいちいち」
「はっああああ?」
「いやいや、ほんと聞いた噂レベルだし、俺は。何か高田が2年の終わりくらい…?に女子の間でうちの親が見たって噂回し出したんだよ。」
親子揃って…まったく。心の中で舌打ちした。
「したら、男でもそれ聞いてたやつがうちの親も前なんか言ってた、ってなって。一時期その噂で盛り上がってたけど今は別に下火じゃね?」
はい、お二人はまだ盛り上がってますけどね。
「唯ちゃんは?まさか、いじめられたり…」
「わかんねえなあ…もともと大人しいし、今女子ってなんか文句言うんでもラインだから。愛の方が知ってんじゃね?塾一緒じゃん」
「なんて聞くのよ」
「確かに」
中学校にもなると男子と女子の社会にはうっすら隔たりが出来るものだが、特に野球部で、繊細な女子の世界には無関心の司からはこれ以上の情報は得られないと諦めた。
となると、確かに愛だ。
マンションが一緒で塾が一緒。
学年は違うが昔から時々マンションの下で遊んだり家に何度か連れてきたこともあった。
翠は女性雑誌のライターをやっており、出産してからはほぼ家で原稿を書いていたので家に親がいると自然とその家が子供の遊び場になりやすかった。
唯が中学生になって部活を始めた頃遊ぶことは無くなったが、今も時折、塾の帰りの時間があった時など一緒に帰る時があるらしい。
ただ、愛だったらそんな話を聞いていたら恐らく翠に何か言ったろうと考えると、知らない可能性の方が高い。
ここは黙っておくべきかと悩んでいる最中、夫の雄が帰ってきた。
「ただいま~。おっ?どうしたどうした」
慌てて玄関まで出てきた翠のただならぬ様子に雄は驚いた。
スーツからスウェットに着替えながら一連の話を聞いた雄はところどころ「はあ?!」「えっ?!」「そ、そうなんだ…」「うっわあ…」等々バリエーション豊かなリアクションを惜しげもなく披露してくれた。
話せてすっきりしたところで愛に聞くか悩んでいると相談したところ
「いやあ~、ないでしょ。第一なんて聞くの」
「それを相談しとるんです」
「う~ん、今は知らないんじゃない?中学生時代の2学年差って意外と大きかったじゃん。先輩の、しかも親の噂なんて聞かないでしょ」
「あ~、だねえ」
「司も言ってないと。しかしあいつも冷めてんな。となると本人からになると
と思うけど、そもそも唯ちゃんが知らない、もしくは知ってても信じてない可能性もあるのにわざわざ愛に言う事ないと思うけどなあ」
「そうだねえ…」
自分の心配がほぼ杞憂に過ぎないと雄に説明してもらい安心したとき、玄関から
「ただいま~!あ!パパ先帰ってきてんじゃん」と声が聞こえてきて、愛が塾から帰ってきた。
夕食のカレーを温め直し、雄と愛がダイニングに座った時、それとなく
「最近河原さんと塾の帰りって一緒なの?」と聞くと
「中学入ってからはないなあ、コマが変わったんじゃない?唯ちゃんと最後に遊んだのってうちが小4が最後で唯ちゃんが中学行ってからはないし。…てか、何?急に」
口をむぐむぐ動かしながら不思議そうに翠を見る。
「別に、最近どうしてるかなって…」
その夜ベッドに入っても翠はなかなか寝付けなかった。
マンションでたまにすれ違い、挨拶をしていた市子。
長田は自分の不倫相手の子供を学校でどう見ているのだろう
市子はあんなことがあった後どんな気持ちで夫と娘の待つ家に帰るのだろう
唯は大丈夫だろうか
明け方までぐるぐるとそんなことを考えていたがいつのまにか浅い眠りについていたらしい
夢を見た
夢だが実際過去にあったことだった
4年生の愛と学校帰りに6年生の唯が家で遊んでいる。当時の二人の流行は女の子に人気の漫画を書き写すことだった。
暫くして、部屋から翠を呼ぶ声がする。行くと愛と唯が立っていた。
「ママ、唯ちゃんと並んでみて」愛に促され唯と背中合わせに背比べをさせられた。
「ちっちゃい!やっぱり唯ちゃんの方がおっきい!」
翠は身長149センチと小柄だ。唯は159センチで小学6年生にしては身長が高かった。
「ちっちゃ~い!愛ちゃんママ可愛い!」
唯が笑った。3人で笑った。
そこで重い頭のまま目が覚めた。
あれが唯が家に来た最後だったことを思い出した。
3年前だ。今はとうに追い越されている。
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