9.新しい恋は、どこまでも甘く

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 氷のように冷え切った車にエンジンをかけながら、風邪っぴきのための朝食はなにがいいかと武史は頭を働かせる。  やはり、(かゆ)が一番食べやすいだろうか。スマートフォンで調べてみると、解熱作用があるというさつまいもをプラスした粥のメニューが見つかった。  さつまいもはちょうど今の季節の食材だし、光は料理の腕がいいのだと陽多が言っていたことを思い出す。おそらくストックがあるだろう。自炊は休みの日にするくらいだが、鍋で煮込む作業くらいなら問題なくこなせるはずだ。  エンジンがあたたまってきた。エアコンのスイッチを入れる。  吹き出し口から出てきた風はまだ冷たかった。武史は静かにため息をついた。 「なんでオレが、佐竹さんの世話なんて」  理仁の前では「仕方ない」の一言を貫き通してきたけれど、本心では不満だらけだった。  心から愛した陽多を、一瞬にして奪い取っていった男の看病。なんでオレが。そう思わないほうがどうかしている。  だが、今の武史には理仁がいる。心の底から愛している、見た目も中身もかわいい男。  陽多を好きだという気持ちは、武史の中に変わらずある。理仁も同じで、かつての恋人に作ってもらったブルーサファイヤのピアスを今でも毎日つけている。  それでよかった。過去があるから、今の二人がある。過去がなければ、二人は出会うことすらきっとなかった。  理仁を想えば、強くいられた。理仁もそうであってほしい。  ゆっくりと車を発進させる。陽多の住む中目黒まで十五分のドライブだ。  ささやかな憂鬱を、大きな幸福で上書きする。  理仁の愛くるしい顔を思い浮かべ、武史はふわりと笑みをこぼした。  【きみと新しい恋をしよう/了】
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