寝起きの王子と最強の姫

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寝起きの王子と最強の姫

そう、それはカラッと暑い、夏の日だった。 「――ねぇ、剣闘しに行かない?」 マリアの一言が、2人の運命を大きく変えた。 「いいぜ。で、どこでやるんだ?」  珍しく乗り気のアストロ。17歳。小柄な上体を起こし寝ぼけ眼でマリアの方を見る。眠気で頭はぼんやりしているが、視界ははっきりしている。黒い剣闘用の服を既に着用しているマリアを見ながら ゆっくり体を起こした。  剣闘……互いに武器を取り己の肉体でぶつかり合うスポーツ。いつもなら、マリアに良いようにあしらわれて負けるのが目に見えているため、勝負を避けていたアストロだが、今日に限って何の因果か、勝負を受けた。 「裏山の王族専用闘技場でやるわ。1対1でやるには最適だし、ギャラリーは入れたくないから」  何か魂胆があるのだろう。マリアは不敵な笑みを浮かべてそそくさと準備を始めている。  寝ぼけ眼をこすり、アストロも試合用の服に着替える。着替えながらアストロは、あれ、何でOKしたんだろう。と、今頃疑問に思い始めた。  だが今更、『今のは無し!』とは、言えない。…もう着替え終わってしまったのだから。 なにより面倒だ。 「ま、ギャラリーがいないだけマシ、か……」  絶対に負けることが分かっているのだから悲観しても仕方ない。なるべく楽観的に考えることにした。いや、正確には諦めているだけなのだが。 昔からそうだ。 歳が同じで、同じ王族同士。 父親は同じ、アルフレット・ケーニヒ。 なのにマリアは何でもできる。 アストロにできないことも何でもできる。 勉強も、運動も、楽器も、射撃も、乗り物の扱いも。 ――――当然、剣闘も。 マリアが隣にいると、自分の存在価値が怪しくなる。 そんなアストロが、マリアより優れている点と言えば………自然を見ること位なものだ。 結局、彼はマリアに勝つことを諦めた。 今回の剣闘は、マリアの練習になればいいな、位にしか思わないことにした。  準備が整った2人が館を出ようとすると、背の高い黒髪の王宮メイドが呼び止めた。 「王子、姫様、どちらへ」 「あら、クラリッサ。今日も精が出るわね。ちょっと裏山の王族専用闘技場へね」 「お気をつけて」  メイドは深々と頭を下げると、扉を開けて見送ったのだった。  二人はそのまま裏山へ向かった。  その裏山はケーニヒ家の所有地で、一般人は立ち入りを禁じられている。  現在午前10時過ぎ、日差しが強い。徒歩5分で登山道に辿り着けるのだが、辿り着いた時点で既に肌がひりひりと痛い。ああ、日焼け止め忘れた。塗ってくればよかった。忘れたものは仕方ない。このまま行くか。  毎度、諦めるのが早いアストロ。徒歩5分なら戻ってもいいのだが、それさえも面倒らしい。マリアを待たせるのも悪いと思ったのだろうか、そのまま登山道へ分け入る。  登山道は木を組んだ階段が続いていて、綺麗に整備されている。砂利や倒木は無い。両脇には巨木が生い茂り、風に靡いて木の葉がさらさらと音を立てている。日差しは木に遮られ、上を見上げれば緑色の空が広がっている。風は少し湿っていて肌に心地いい。  森の小径を堪能したのも束の間、闘技場へはこのロープウェイでのみ接続される。2人でこのゴンドラに乗るのは何年ぶりだろうか。 「いい天気ね」 「そうだな」  他愛の無い会話。アストロはサングラスを中指で上げると、そのまま頭の後ろへ肘を持っていく。肩をほぐしながら会話を続ける。 「ああ、そう言えば、マリア。また世界ランク上がったのか?」  アストロは知らないふりをしてさらりと会話を続ける。 昨日勝ったことは知っているがそれ以外の情報は特に持っていなかった。マリアは少し真剣な顔をした。そしてこう続けた。 「双剣部門6位、長剣部門5位、槍部門2位、総合ランク15位だったかしら」  それを聞いてアストロは耳を疑った。彼の記憶では総合20位だったマリアのランクが大きく上がっていたからだ。更に、槍部門2位とはすなわち、17歳の少女が、槍を使わせたら世界で2番目に強いのだ。先日までは9位だったはずだが……。 「順位……上がり過ぎてないか……?」  アストロは恐る恐る聞いてみる。なんとなく予想は付いているものの、確かめておきたいと思った。 「一昨日、世界チャンピオン倒したもの」  ああ、マリア。制度上1位になってないだけで、お前がナンバーワンだ……。  などと何処かの星の王子様のセリフを思い巡らせた瞬間、ゴンドラは目的地に着いた。  山腹からせり出すように作られたケーニヒ家プライベート闘技場。  50m×30mの長方形の闘技場は、高さ3m程の木柵で囲われている。地面は乾いた大粒の砂と礫で、木の葉どころか石一つ無い。闘技場ゲートを背にして見えるのはシナノ州の中心街。一際大きなシエナ州立競技場が都市の存在感を引き出している。あれがシエナターミナルバーンホーフ、こっちは中央管理ビル、あっちがテッヘルブルク行きのハイウェイ。青空広がるいつもの街並み。今日も快晴だ。 「さ、準備しなくちゃね」  そう言うとマリアは、ゲート脇の倉庫から模擬戦用のカーボン製武器をごちゃごちゃと取り出す。  槍、グラディウス、ロングソード、大盾、バックラー、戦鎚、セスタス……何でも揃っている。その中から、マリアはグラディウスとバックラーを、アストロは戦鎚と大盾を手に取った。  2人はゲートをくぐって入場する。両者は闘技場中央部に進み、相手から5m離れた位置で待機する。 「始めるか……」  これから10分間、死力を尽くす。どちらかがギブアップを宣言するか、ダウンしない限り試合は終わらない。
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