始まりは終わりから

1/6
2888人が本棚に入れています
本棚に追加
/162ページ

始まりは終わりから

「これで、やっと終わり……」  一度たりとも夫婦の眠る場所として使われたことのない寝室で、花那(かな)は薄っぺらい紙を片手に何か心残りが無いかを探していた。  夫婦として共に暮らしたのは五年間。夫の颯真(そうま)が雇った使用人に隅々まで掃除されたこの部屋に、花那が暮らしていた形跡などありはしなかった。  花那は自分に与えられた部屋に戻り、唯一残された机の上の卓上カレンダーを手に取る。今日は八月三十一日、これがこのカレンダーに×印をつける最後の日なるはずだ。  結婚して一日たりともこの印をつけなかった日は無い、颯真は気づいていないが花那は毎日この生活の終わりを考えていた。  ……やっと、あの人を自由にしてあげることが出来る。私も、自分の力で生きていく日が来たんだわ。  花那が手に持った離婚届は妻の部分はすでに記載済みで、今日の夜に残りを颯真に書いてもらってその足で出しに行けばいい。  最初からこういう話だったのだ、颯真もきっとすんなりサインをしてくれるはず。花那は今日何度目かの溜息をついて、まとめた自分の荷物を見つめていた。  これから行く場所も決まっていない花那はほとんどの私物を処分し、新しい生活のために覚悟を決めていた。  今のような裕福な生活は出来ないが、何とか一人で頑張っていこうと。  次第に窓の外は暗くなって、花那が今朝伝えたように夫の颯真がいつもよりも早く帰宅のベルを鳴らした。
/162ページ

最初のコメントを投稿しよう!