BPM120

5/9
219人が本棚に入れています
本棚に追加
/64ページ
アリーナとはいえ最前列でもステージからは多少の距離があった。セイは素顔を公開してないから、見えないようにするためかもしれない。 そうちゃんに言われた通り、そこをさらにステージ寄りに抜け出すと、一般客が入れないように仕切られた空間を見つける。 ちゃんとガードマンのような人が立っていて、チケットとスタッフカードを見せると中へ入れてくれた。 撮影カメラを操作するカメラマン、パソコンを開いた記者らしき人や、見たこともない望遠の大きなカメラを構えている人も居て、場違いな気がしてだらだらと汗が流れた。 背中を丸めながら、座席を確認しつつ進むと、わたしの席には大きなぬいぐるみが鎮座していた。 ーーー曼珠(まんじゅ)だ。 ちょうど、家のクッションと同じ大きさくらいの。腕いっぱいに抱き締められるサイズ。 「ーーーっ」 これは、生配信でセイが持っていた物ではないか?そっと曼珠を撫でてみると、もちっとした感触が手のひらに吸い付く。 曼珠には首からメッセージカードが掛けられていて、息を震わせながらそれを開いた。 『うたこさん。 今まで、話せない事が多くてごめんね。ずっと不安にさせてしまっていたけれど、今日、ちゃんと伝えます。 うたこさんに、本当の僕を知ってほしい。それで、出来るならこれからもずっと一緒にいたい。 詩子さんが好きです。 今までの僕を許してくれるなら、ライブが終わったら控室まで来てください。 聖』 読み終わると、目に溜めていた涙がぽろぽろとこぼれた。頬を濡らし、曼珠へと落ちる。 同時に照明が落とされ、大きな歓声が上がる。ライブが始まる合図だ。 わたしは曼珠を抱き締めて、その席へ座った。 ーーーーーこれは、何? 混乱しながらもどこか理解し、納得できている自分がいた。 最初に、似てるって思ったじゃない。 そういえば、セイのラジオや生配信がある時、いつも(ひじり)は家に居なかった。 セイが地方で仕事がある時は、聖も留守だった。 ずっと留守にしていたのは、コンサートの準備に追われていたから。 それに、今新曲の準備もしてるってSNSで言ってたじゃないか。 (凄く忙しかったんじゃない) 大阪でばったり会った時は、ライブ終わりだったんだ。 喧嘩をしてしまった時は、きっと北海道公演の帰りだ。聖が体調悪そうにしていた事と、セイが入院したというニュースが繋がり、あっと声をあげる。 そっか。 そうだったんだ。 ーーーーーごめんなさい。 なんで気遣ってあげられなかったんだろう。 すべての出来事が繋がって、感情が爆発した。 うわーんと声を上げて大泣きしたい衝動を、ぐっと抑えた。唇を噛み締めて、声を押し殺して泣いた。 早く聖に会いたい。ステージに向かって走り出したい気持ちを抑える。 流れる涙を拭いもせず、わたしは瞬きを忘れて彼が現れるであろうその場所をじっと見つめた。
/64ページ

最初のコメントを投稿しよう!