微熱、角質、粘着

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 シーツの上を掃除した粘着ロールのシートをロールから外し、広げて眺めた。  くるんと丸まってしまいそうになるので、端を押さえて伸ばす。  色素の薄い、細い長い髪が一本だけシートにくっついていた。  これは志穂さんのものだ。  志穂さんの髪は細くて柔らかい。  ゆるいパーマがかかっている。  志穂さんの髪の担当者は、男だろうか女だろうか。  志穂さんのよりも短い髪が一本。  僕の髪。髪質は志穂さんのものと似ている。  それから、いわゆるちりちりした毛。これも一本だけ。  これはどちらのだろう。  志穂さんは短めに整えているから、僕のものかもしれない。  抜け落ちたアンダーヘアをしげしげと眺める日が来るとは思わなかった。  ベタベタのシートの上の毛たちは妙に満足そうに見えて、僕は戸惑う。  抜けた毛の方が実際の僕たちよりも親密そうだ。  髪も爪も肌のいちばん外がわも、全て角質で出来ている。  いずれ抜けて剥がれて、新しく生まれ変わる。  だから保湿が大切なんですよ、なんて、したり顔で僕はお客さまに説明する。  髪も肌も同じ角質ですから。  僕はベッドにうつ伏せに寝そべり、そのシートを横から見つめた。  シートのベタベタの見えない部分に、志穂さんの肌の角質もくっついているのだろうか。  あんなに身体を擦り合わせたのだもの、少しくらい角質が剥がれたと思う。  髪の毛も角質も、一度人間から離れたものはもう生きていない。  僕は変態になってしまった。  角質に欲情するなんて。  恋愛が楽しいなんて嘘だ。  滑稽で惨めで、身体の一部が切り取られてしまったみたいに痛い。  僕はシーツに鼻をこすりつける。  志穂さんの残していったものを僕の肺の中に吸い取りたい。  僕はスウェットパンツの中に手を入れる。自分で、する。  粘着力の失われかけた、それでもベタベタするシートに、僕の右のまつ毛が張り付く。  耳を塞ぎたい。  粘着シートのばりばりするような音と、自分の高まる息。  僕はシーツに足を絡ませ、白いティッシュの中に解き放つ。      
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