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6 回想 クレイとブラッド ― グラブトスと、一線を越えた日
クレイがチームに加入して一年が経った。その年のシーズン終盤。クレイはめきめきと力をつけ、チームの主力となっていた。ブラッドとの二遊間コンビは、もはや鉄壁といってよく、他のチームならヒット性の当たりも、二人の守備の前には得点につながらないことも多かった。
常に三位あたりをうろちょろしていたウイングスだったが、その年は、一位が射程圏内に入っていた。残り10試合で、一位とのゲーム差は4。だがその前に、ゲーム差1で追う相手がいた。
その宿敵、アローズのホームゲームが行われた夜。客席はもちろんほとんど地元ファンだ。矢で翼を撃ち抜く絵が描かれたカードを持っている者もいる。
小さな田舎町の独立リーグだったが、この日は超満員の客で埋め尽くされていた。
クレイは、緊張していないと言えば嘘になるが、そのヒリヒリとした雰囲気に、痺れてもいた。何より、隣にはブラッドがいる。この一年、ずっと彼にひっついて、あらゆる動きを真似しようと努力してきた。そして何より嬉しかったのは、ブラッドの方も、彼を信頼し始めているように思えたことだった。バッターが打席に立つと、こちらを見て合図してくる。その様子で、クレイトンは彼が次にどのような動きをするのか、どちらがベースカバーに入るのか、分かるようになっていた。
試合は二位を争うチーム同士らしく、シーソーゲームの展開で、7-6でウイングスがリードしていた。そして9回裏。観客はサヨナラを望む歓声で一杯だ。
最初の打者はゴロで打ち取ったが、その後ヒットが続き、1アウトランナー1、3塁。
次の打者。打順は運悪く、上位打線に回ってきている。前の打席でライト方向に引っ張る姿を見ていたクレイは、じりじりとセンター寄りに動き始める。
ピッチャーにも疲れが見えてきて、ボールが先行する。2ボール、1ストライク。
次は見てくるか。4球目を投げる。ど真ん中だ。まずい。クレイはセンター方向に走り始めた。
カーン、という音が響き渡り、歓声があがる。力が入り過ぎたのか、打球は高く空を飛ぶのではなく、鋭いライナーとなってセンター方向に向かっていく。そして、セカンドベースの手前で激しくバウンドした。そして低い弾道のまま跳ねた。
観客も、そしてウイングスのチームメイトさえも、抜ける、と思った。
しかしボールは、センターの後ろに逆シングルの形で駆け込んできたクレイのグラブの中に入って行った。だが、ギリギリの体勢で捕球しているため、踏ん張って反転し、ファースト方向に投げる余裕はない。それどころか、前につんのめりそうだ。
目の端に、ブラッドの姿が見える。ブラッドはこちらを向いて、捕球する体勢でセカンドに走ってきている。
とっさに、グラブを後ろ手にブラッドにトスした。ふっとグラブが軽くなり、白い球がブラッドのグラブに入るのが見える。そのまま流れるような動作で、ファーストに送球する。ランナーがベースを踏むのとほぼ同時に、ファーストがキャッチする。塁審の判定を、皆が固唾をのんで見守る。
夜空に、高々と拳があがる。アウト。
試合終了。
その瞬間、スタンドからは大きな落胆の声が聞こえ、続いて怒号やブーイングの声が飛び交った。グラウンドには、飲みかけのボトルやゴミなどが投げ込まれている。
だがウイングスのメンバーは、そんなことはお構いなしに、クレイとブラッドのもとに駆け寄ってきた。まるで優勝したかのような騒ぎだ。
クレイがブラッドに拳を差し出す。
ブラッドは、ニヤリとしながら、こつん、と自分の拳を突き合わせた。
「次は、もっと力を抜いてトスしろよ」
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