2.舞踏会

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(クリスには手伝ってもらいたいけど、『前世』なんて言って信じてもらえるはずがないしなぁ)  リディアなりの苦肉の策である。  何かを考えている様子のクリスに、リディアは腰に手を当てた。 「と言うか貴方、まだ疑っていたわけ?」 「当たり前です。正直、ローラ様が茨の森に走られるまで半信半疑……どころか、十中八九疑っておりました」 「……それだけ疑っておいて、よくここまで協力してくれたわよね」  思わず呆れたような声が出てしまう。  リディアがクリスに『先見の力があるの』と言ったのは、彼がリディアの屋敷で働くようになってすぐのことだ。リディアが前世を思い出した直後なので、十年ほど前のことになる。  それからずっと、彼はリディアに協力してくれていた。  軍資金を貯めるために父の事業を手伝うと言い出した時も、そばにいて何かとアドバイスをくれたし、ダグラスやローラの動向も逐一調べて教えてくれていた。  それにこの舞踏会の準備だって、ほとんどクリスがしてくれたのだ。  両親の説得も一緒にしてくれたし、招待客のリスト作りや、招待状の発送、会場の設営もほとんどクリスによるものである。リディアももちろん手伝ったが、彼なしでは、この舞台は整わなかった。 「何を言ってるのですかお嬢様」  凛とした声にリディアは頭一つ分高い彼を見上げる。  クリスは胸に手をおいたまま、まるで誇るような笑みを浮かべた。 「お嬢様の願いならどんな無理難題でも実現させてみせるのが、この私ではありませんか」 「無理難題って……」 「思い出してもみてください。粗相(おねしょ)をしてしまったシーツを隠したのも、お屋敷の置き時計を壊してしまったお嬢様にもっともらしい理由を授けたのも、家庭教師の皆様から逃げるために逃走経路を用意したのも、全て私ですよ?」 「ちょっと! 古い記憶を持ち出さないでよ!」  恥ずかしい過去を持ち出され、リディアは頬を赤らめながら狼狽えた。  そんな彼女を見下ろしながら、クリスはさらに薄い唇を引き上げる。 「あの日、あの時。ピーターと一緒に人買いから救っていただいた時から、私の四肢は貴女の四肢であり、私の頭は貴女の頭です。どう使うかは貴女の自由ですし、どのように使われようが構いません」 「クリス……」 「しかしながら、私としても執事の矜持があります。執事というのは、部下でもなければ、召使いでもありません。いずれオールドマン家を背負って立つ、貴女の右腕です。オールドマン家の一人娘である貴女がいずれ立派な婿を取られても隣に立つのは私ですし、私ができる最高の恩返しは、貴女を立派なオールドマン家の跡取りにすることだとも思っております」  昔から耳にタコができるぐらい何度も聞いたその文言を繰り返しながら、クリスは感情の読めない笑みをリディアに近づけた。 「ですからリディア様、私に嘘はつかれないでくださいね。私の信頼と私の献身は無関係ではありますが、それでも私も信頼できる方に身をとしたいと考えておりますので」  何もかも見通しているようなクリスの目に、リディアは目を背けたまま「……はい」とだけ返事をする。  これは暗に『先見の力が嘘ならさっさと言え』と言われているのである。  やっぱりまだ彼は疑っているようだ。 (でもま、仕方がないか……)  この国でギフトを受け取っている人間なんて本当に一握り。確か、攻略対象にもいたはずだが、彼は国の要人だ。ローラがギフトをもらっていることも物語の最後の方で明かされるし、信じられないのは無理もないことだろう。 「それよりもリディア様、そろそろ奥様のところへ行ったほうがよろしいのではないですか? 便宜上、主催者は奥様ということになっていますが、本当の主催者はお嬢様なのですから、招待客への挨拶ぐらいはきちんとなされないと」 「それもそうね!」  リディアは大きく頷いた。  それに、そろそろダグラスが来る頃合いでもあるだろう。  二人をくっつけるためにも、彼とはきちんと面識を作っておいた方がいい。友人とまでいかなくても、知り合いぐらいのポジションにいた方が、今後うまく立ち回れるに違いないからだ。 「それにしても、久しぶりね」    思わずつぶやいた声は、想像以上に浮ついていた。  それも仕方がないだろう。ダグラスは前世の彼女の推しなのだ。  それにダグラスと会うのは、実に十年ぶりである。  前世を思い出して以来なのだから、感慨もひとしおだ。 (どんなふうに成長しているのかしら。……ちょっとだけ、楽しみかも)  前世で見た、成長した彼の姿を思い浮かべる。  知らず知らずのうちに唇を緩ませた彼女を、クリスは一歩下がったところから物言いたげにじっと見下ろすのだった。
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