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「分かったよ。でも、今は、ってことは風呂入った後ならいいんだな?」
「……見えないところならね」
「職場とかじゃ大人しいくせに、俺の前だと全然違うんだからな」
「外の顔と、恋人の前での顔が違うのは当然だろう?」
口尖らせたように奏人さんは言う。
あのチビたちが、消える前に言っていた。
『あの方を、どうかよろしく頼みます』と。
ずっと、ずっと長い間ひとりで山の中に居て、人の願いを叶えること、住民たちを守ることのためだけに生きて来た神様がやっと自由になれたのなら、やりたいことは今度は俺が全部叶えてやりたい。
痛みも老いも知らなかったひとが人の身になるということは、良いことばかりでは決してないのだろうから。
「――――ごめん。もう大丈夫だから……」
体を引こうとしたけれど、奏人さんは俺の背中に回した手を離さない。
「……ん?」
「そんな涙の跡を残して、大丈夫と言われてもね」
ハンカチを出して俺の頬に押し当てる奏人さんの顔を午後の陽が照らす。
形よく睫毛が縁取った瞳は、光を受けて琥珀色の宝石のように見えた。
「それじゃあ、せっかくのいい男が台無しだよ」
「別に俺はそんな」
「隅に置けないのはもう知ってるよ」
ゼミの橋本から告白されていたことを知ってからは、何かにつけていじってくるようになった。
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