蛇腹の谷

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 俺の名は植草直衛(うえぐさなおえ)。  最近アラフィフの壁が見えてきた40代の、世間一般で言う普通の「おっさん」だ。  人とは違う身体的特徴を強いて上げるなら、眼が瑠璃色なのと走れないくらいである。  元々は怪奇現象を専門に取り扱っていた部署の刑事だが、色々あって今は実家の古書店を受け継ぎながら、怪奇現象を専門に探偵業をしている。……まあ古書店の方は諸事情で同居している荒々木(あららぎ)サキエとかいう助手も兼ねた女に任せているが。  探偵業、おまけに怪奇現象を専門にしているなんて生活していけるのかとよく言われるが、意外と依頼が舞い込んでくるから特に苦労はしない。そりゃあ古書店業の方が若干儲かるけど……。まあ俺には刑事の時に稼いだ金があるから多少収入減ってもどうにかなるってもんだ。  そんなある日、季節的に焼き芋が美味くなってきたから近所で買って事務所で食っていたら、目の下に隈をみっちりこさえた若者が依頼に飛び込んで来た。  そいつは随分とやつれていた。色々と真っ黒な企業で酷使されてんじゃないかと心配になるくらいだし、予約も何も無しに雪崩れ込むように入るくらい落ち着いていなかったから、驚きのあまり俺は喉に芋を詰まらせかけた。落ち着きがないから依頼内容を聞くにも支離滅裂すぎて理解できない。とりあえずほうじ茶を出して飲ませると、温かい飲み物で少し落ち着いたのか、ゆっくりとだがぽつぽつと言葉を整理して話してくれた。  依頼者曰く、毎晩夢に白い着物を着た女が現れるもその女は大蛇に化けて追いかけてくるとのこと。あまりの迫力に逃げるも大蛇は一瞬にして追い付いてパクリと一口で食べられ……そのまま目が覚めるのだそうだ。お陰様で睡眠不足で仕事もミスをしまくるからどうにかしてほしいとのことだった。お祓いしてもらおうにも、神社仏閣に出向こうとすれば道中で体調崩してそれすらできないと泣いていた。ここに来るまでは大丈夫だったのかよとツッコミたくなったが、そもそも事務所神社仏閣の類ではなかったな!  夢の中での出来事をどうにかしてほしいと言われてもなぁと頭を捻っていると、そいつは直前にクチナワ渓谷に行っているからそこが怪しいかもと言って、電話番号の書かれたメモ用紙を置いてそそくさと帰っていった。俺としては調査のために色々と情報を聞き出したかったし、それより俺はボランティアではなくビジネスとしてやっているからお金のことも相談したかったし、そもそも引き受けるとも言っていない。追いかけるにも姿はもう見えないし、一応電話番号は手に入れているから仕方ないと諦めて依頼を受けたわけだ。
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