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エピローグ
歩き続け、人がいないさびれた公園にやって来た。十八時近いがまだ辺りは夕暮れだ。スマホが鳴り通話にする。
「終わった?」
『今終わるところ』
電話の向こうではぎゃあぎゃあと悲鳴が聞こえる。うるさいからちゃんと殺してから連絡してほしい。
『そっちはどう?』
『ひ、ぎゃあああああ!』
電話の向こうから悲鳴が聞こえた。もう一人いるらしく、こっちに来るなと泣き叫ぶ声が聞こえてくる。その煩さにわずかに眉間に皺を寄せた。
「外野うるせえよ。何してんだ」
『足引っこ抜いた。田畑はそれ見て叫んでる』
「あっそ。とりあえず坂下は母親と一緒に実家に行くってさ。子供はおろすっつってたけど」
『そっか。まあその会話聞こえてると思うし、自分で出てくるだろ』
自分たちも、そうやって生まれた。母体の栄養を極限まで吸い取って自力で腹から出る。弱った体を無理やり出てくるので母体は当然死ぬが。別れ際に見たあの老け込んだ顔、疲れ切っているからではない。すでに吸い尽くされているのだ。
『んじゃあ、これ終わったら我が子を迎えに行きがてら残った坂下の人間プチってくるわ。お兄ちゃんにまっかせなさ~い』
「ウザ。キモイ」
『ひでえなあ。そっちだって俺の事串刺しにしてくれてさあ。予定と違うじゃん、都築に刺されるつもりだったのに油断してた。アレ演技抜きでマジ痛かったんだけど』
「しょうがねえだろ、あの状況じゃあれしかなかったじゃねえか。真正面から都築と対峙してたのにどうやってトドメ刺されるつもりだったんだよ」
自分たちが自由になるにはラボ最深部に入り、マイクロチップのコントローラー親機を破壊する必要がある。重要エリアに部外者が、特に自分たちが絶対入らないよう、向こうも厳重に警戒していた。そこに入るには死んだふりしかない。死体を解剖するならラボだ、入るには仮死状態になるしかなかった。
一時的な仮死状態になるにはそれなりの重傷が必要だ。檜が弱点のふりをしておいたのでそれでトドメを刺したように見せれば誰も疑わない。せっかく父が長年演技して檜は苦手だと思い込ませてきたのだ。
ヒエンは檜によってとどめをさせると思い込ませる。人間の姿の時に油断しているふりをして檜でトドメを刺される、というシナリオだった。そのためにさまざまなヒントを散りばめ、頭の良い遥は全て思い通りに拾ってくれた。自分がそう誘導した部分も大きいが。
『はいはい、お前の手柄だよ。あ、こいつでラスト。最後を飾るのは恵麻の父ちゃん』
『ひいいい! やめろ来るな来るなあ、あぎゃあああ! いいいいい! 痛いいだいいいい! ひぎいい!』
『あははは、殺虫剤かけたゴキブリみたいにシャカシャカしてる。ダッセ、ウケる』
物凄い音が聞こえ、笑い声とともにしばらく悲鳴が続いたが、やがてしいんと静まり返る。あまりにうるさかったので少しスマホを耳から離していた。向こうからはバギン、と機械を壊すような音がする。
『すっきりした、ずっと殺してやりたかったからなこのハゲ。親機壊すのも終わったよ。ようこそ俺たち、真の自由の世界へ』
「おう、お疲れ。んじゃ後でな」
そう言うと彩人、と表示された通話画面を操作して通話を切った。
着ていた七分丈のシャツをめくり、二の腕のあたりを晒す。そこにはステンレスの金具で直接肉体に埋め込まれたチップが張り付いていた。生まれてすぐにあの一族に勝手につけられた忌々しい存在。GPSで位置を常に把握されるし、神経を直接刺激する信号により全身激痛が走り身動きが取りづらくなる。やっかいでしかない物。
それを管理する者達は今全員死んだ。爪を立てて、それを肉ごと抉る。ブチブチ、と音がして血が大量に噴き出るが気にした様子もなく肉の塊ごと抉り取った。
ぽいっと地面に落とすと、思いっきりそれを踏みつける。凄まじい力で踏みつけられたので肉はあちこちに飛び散り、チップは粉々になった。物心ついた時から自分を縛り続けたものを完全に破壊して、ようやくすっきりした。
抉れた腕はもう治っている。飛び散った肉は放っておけば野良犬か蟻が食べるだろう。
ようやく自由になった。その事実が気持ちいい。初めて、心から笑った。
「は、あはは、はははは! あーすっきりした」
これだけの茶番を仕組むのにどれだけ苦労した事か。人間のフリ、檜が嫌いなフリ、東馬を一人きりにさせるための小細工、信号機を押すフリ、たくさんの嘘を重ねてようやくだ。長年うざいなと思っていた東馬も自分の手でとどめがさせてストレスがなくなった。
東馬が怒り狂うのは彩人と出会う前から……自分と出会った頃からだ。普通もっと早く気が付くだろ、と内心突っ込みながら彩人が投げた遊具をキャッチして、そのまま東馬の頭に叩きつけた。あの間抜け面が忘れられない。ククッと小さく嗤った。
唯一ネックだった勘が鋭い遥は常に一緒に行動して監視し続けることでなんとか達成した。汐里の遺体の傍で信号機を押された時や、目が効かないなど途中ヒヤっとした場面は何度かあったが。竹本汐里が死ぬ事で多少は揺さぶりをかけ、冷静な判断を奪うことができたと思う。もっと冷静だったら今回の計画自体バレていたかもしれない。何故ヒエンは自分達の正体に気づいて欲しいのか、の追求を完全に忘れているのは助かる。
竹本を殺しておいて良かった。ウジウジおどおど、寄生虫のように常に誰かと一緒でないと言動一つできない。ああいうタイプは心底嫌いだ。
「さて、何しようかな。とりあえず腹減ったな」
口元に笑みを浮かべ、公園を後にした。ヒエンは生き物の肝臓しか食べない。いつも動物の肝臓だけだった、全然足りない。人間の肝臓が食べたい。
目の前には塾があり、もうそろそろ終わって親が迎えに来るので子供たちが外に出てくるころだ。周囲にも建物にも監視カメラがなく、こんな人目につきにくい場所に塾を作ってくれた馬鹿な経営者に感謝する。
ペロリ、と唇を舐めると上機嫌で鈴木は塾に近づいた。
END
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