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すべて話し合って決めたこと。
国王を交えて、もう決まっていたことなのだ、あの婚約破棄宣言は。王家とテレサの家族だけが知っている茶番劇でしかない。
フリッツに想う女性が現れたなら、婚約を解消する。もとより周囲のお膳立てで決まった結婚。互いのあいだにある感情は、姉弟のそれに近いことを、ふたりはよく知っていた。
そんな不義理はできないと泣くフリッツにテレサがつけた条件は、多くの生徒たちの前で宣言することだった。
「わたしをヒロインにしてちょうだい。世に溢れるロマンス小説のようにね。勿論、慰謝料だってたくさんもらうから、覚悟なさいフリッツ」
「……わかった。テッサの言うとおりにする。盛大にフッて、誰がどう見ても悪いのは僕だって見せつけるから」
「あら駄目よ。だってわたしの役どころは断罪されるお嬢様なんだもの。悪者になるのはわたしなの」
「テッサは本当に物語が好きだよね」
「ええ、とっても大好きよ。貴方よりずっと愛してる。だから最高の物語をわたしにちょうだい」
テレサは本が好きだ。
物語の中でなら、なんでもできる。どこへだって行ける。
声のかぎりに歌い、野を駆ける、馬を駆る。己が足で歩み、さまざまな国を訪れることだってできる。どこまでも行ける。
だからテレサは、物語を愛している。
口にしたことはないけれど、その心はきっと家族には察せられていて、父は娘の将来を見越して図書棟管理の仕事を与えてくれた。
邸と地続きでありながら、独立した建物。いずれ家を継ぐであろう兄が妻子を設けた際は住まいを分けることができるように、日常生活が送れる最低限の設備も整えられている。
二階への階段脇にはゆるやかなスロープが設えられており、昇降機も設置されているため、他人の手を借りずとも単独での移動が可能。本棚同士の幅は広く取られていて、車椅子のテレサが不自由なく過ごせるような配慮がそこかしこにある。
ドルステン家の図書棟は、テレサのために作られた、テレサの城だった。
(わたしはとても幸せだわ。醜いと虐げられることもなく、居場所を作ってくれた。塔に閉じ込められたお姫様のように、窓から長い髪を垂らさなくても大丈夫)
王子様は迎えにやってこないけれど、同じように書物を愛するひとびとがテレサのもとを訪れる。
学園の友人たちは、卒業したあとも図書棟へ遊びにきてくれるはずだし、これから社交界に足を踏み出す彼女たちの愚痴吐き場所としても利用してほしい。そうしていまの流行を教えてもらって、テレサはそれを物語るのだ。
これまでは読む一方だった物語を、自身で紡ぐ。それを製本して書架に並べるのがテレサの夢なのだけれど、恥ずかしくて誰にも言ったことはない。知っているのはルークだけだ。
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