首の傷をテープで隠して

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首の傷をテープで隠して

 首に残る傷を、まるで愛撫を誇らしげに隠す若者のように、テープで隠して、娘は学校へ行きました。彼女には浮き足立つ喜びなど少しも無いようであるのが、滑稽な嗚咽をもたらしました。  もうこの世界に何の未練もないと少しでも思い切った彼女の悲しみが、そのまま、強い強い怒りであると、私は初めて知りました。そして、そのままの姿と形の強い強い怒りが、私の中にもあったのだと。 「あなた」  辛抱していればいつか消えるのだと思っていた怒りが、何十年も経って更に鮮やかさを増していくことを、もう誤魔化すことはできません。 「あの子を産んだころの私が、あなたに言いたかったことがあります」 「なんだ、そんな昔のことを」  馬鹿にしたように笑うこの人が、私をいつくしんでいることを知っていたから、黙ってきました。でも、だから、きっと、できるのだろうと思います。  怒りを解放するのがどんなに恐ろしくとも、閉ざされて膨らんだ怒りが娘を殺してしまうこと以上に恐ろしいことなどないのだから。
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