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07 タクシーは舶来性?
片手に新幹線のプラモデルを手にした少年と、花束を手にした女子大生と、沢山のお菓子を手にした大学生がタクシーに乗り込む。運転手がちょっと目を瞬かせてから、聞く。
「どちらまで行かれますか」
「静岡市立沓谷霊園までお願いします」
洋一が言う。日本製の新しいタクシーの後部座席に乗った宗一少年が、椅子の上の座席の白いシートや、シートベルトを手に取って目を輝かせている。
「シートベルトっていうの。こうやって付けるの。運転中は危ないこともあるからね」
「………怖い人が襲ってきたりするの?」
里香が微笑む。
「怖い人は襲ってこないよ。あ、でも名古屋は交通ルールがちょっとね……。静岡はどうなのかなあ」
運転手が言った。
「まあ、名古屋や大阪に比べれればラクチンってもんですよ。じゃあ、メーター回しますね」
車内のあちらこちらにくぎ付けになっている宗一少年にシートベルトをつけてやる。
「きつくない?大丈夫?」
「ウン!」
貿易商の息子だったというアメリカ育ちの宗一少年は、車に乗ったことがあるのだろうか。タクシーははじめてだという。
「ガタガタ揺れないね。すごいなあ。舶来性のタクシーは早いけどたまに揺れるっておとうさまが言ってたの」
「外国車よりそういうところは日本車の方が優れてるんだよ」
「ああ、おとうさまがいたらナア。きっと『これはいい仕事になるぞ』って言ってくれるんだけど」
少し寂しそうな声音の少年に、助手席に座った洋一が言う。
「新幹線で来る途中に、豊橋ってあったよね。あそこにはドイツの……舶来性の自動車の本社があるんだよ。あれも評判がいいらしいね」
フォルクスワーゲン社のことである。里香もまた、ローカルニュースで小学生達が社会見学していたのを見た覚えがある。
「そうなの?」
「トヨタに三菱………あそこの近くの港、車の輸出に特化してるんだ。僕たちが住んでる愛知県は、今では自動車で有名だからね。お父様によろしく言っておくといいよ」
「ウン!ボク、おにいさんがもってるそれ、おとうさまに買ってもらいたいなあ」
「タブレットかな。君なら使いこなせそうだし、父さんのお仕事でも役立つよ」
洋一と宗一少年が笑う。丸で兄弟の様だ。微笑ましくて、里香も笑う。
「………何だか、ずっと夢を見てたみたいだけど、今はぜんぜんちがう夢を見てるみたい。………アァ、ボク、楽しいや。すっごく、楽しい!」
ラッピングされた新幹線のプラモデルを小さな胸に抱きしめて、宗一少年が走る自動車の窓から外を眺めて幸せそうに呟く。
「それで、いいんだよ」
洋一が、ぽつりと笑う。
「そうだね」
里香が頷いた。見知らぬ街をタクシーで走りながら、ふと不思議な感傷に浸る。もう生きてはいないはずの人間に、こうして幸せを与えることができるなんて、1年前の自分には思いもよらなかったことだ。
平安時代や、大正、昭和の時代に非業の死を遂げた、自分とは縁もゆかりもない人々。かわいいタヌキ達を連れた兵隊達、美しい平安時代の女性や、源氏の総大将だった男とその側近、そして曾祖父、更には歴史的大事件に巻き込まれて亡くなった少年。お盆に『帰ってくる』彼らを案内するアルバイトがきっかけで、数々の出会いがあった。まさか県境を越える小旅行をすることになるとは思っていなかったが、これも悪くない。里香は、膝の上の花束を整えてから、目をそっと閉じた。
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