プロローグ

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「十五日間も捨て犬の世話ができてるということは、道端や河川敷のような誰の目にも付くような場所ではなく、立ち入り禁止のような、滅多に人が来ない場所に捨てられているということ。この辺りで真っ先に思い浮かぶのは、半年前に潰れた小さな部品工場だ。経営者が夜逃げ同然のように消え、解体工事もされずに廃工場と化してる場所なら、犬を捨てるには好都合」 興味本位で足を運んだその場所は、小学生でも乗り越えられそうな、低いフェンスが設けられていただけだった。 周囲に民家も少なく、犬を捨てに来た人物を目撃した者はいないだろう。鳴き声も、飲まず食わずでか細くなった子犬なら、耳を澄ましたって聞こえない。 当然、注視でもしていなければ、何度も足を運ぶ中学生の存在も知ることはできない。 「そんな場所に子犬を捨てたということは、そいつは子犬が死んでもいいと思ってたということ。それを君は偶然発見したのだろうが、場所が悪い。経営者が逃げた廃工場だ。掃除に来るようは奴はいない。半年間、塵や埃が積もりっぱなしだ。体に悪い菌が繁殖していてもおかしくない。その子犬は何らかの病気に冒されているかもしれないし、その傷口から侵入している可能性もある。絆創膏を巻いただけの応急措置じゃ心許ないんじゃないか。早く病院に行かないと、手遅れになるぞ」 「い、いや。これは……」 左手に覆い隠した右人差し指を見る目は、恐怖に怯えていた。 俺は、病原菌に詳しくない。それでも、半年間掃除が行き届いていない廃工場に、塵や埃が積もってるのは事実だろう。 何度も足を運んでいれば、無意識の内に吸い込んでしまい、体調を崩す可能性は十分に考えられる。怪我を負えば、その傷口が悪化する可能性もある。 だが、怪我を負っても、吸い込んでしまっても、何も起こらない可能性もある。全て、可能性の話だ。 俺の言葉は、脅しだ。抑揚の無さと相まって、透吾は信憑性を感じている。 「……がっ、学校で、切ってしまった、だけだから」 「……」 驚いた。脅しよりも気丈が勝るとは。この期に及んで偽りを口にする気力に、俺は一瞬、呆気に取られた。だが、ほんの一瞬だ。
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