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「唯ちゃん?」 『うん。覚えてる?』  その声がどこから響いているのか分からない。僕の家にスピーカーはない。これは、幻聴だろうか。 『こんばんは、弘次さん』  誰だろう。今度は唯ちゃんの声ではない、別の声まで聞こえる。それはもっと胃に響く低い声だった。 「誰ですか?」  僕は誰もいない部屋の中で問う。 『わたしは旅人。そんなところでしょうか』  これは、御伽噺だろうか。僕は急に不安になる。 「えっと、これはどういう現象でしょうか?」 『端的に申し上げますと、今からあなたと唯を夢の中で会わせます。そして翌日。あなたを待ち構える運命を変えてみせます』  僕は一人で首を傾げた。 「どうやってですか?」 『それは簡単です。あなたは横になって眠っていればいい。それだけです』 「それだけって……」  そうか。僕はもう、ここで死ぬのかもしれない。病気でもなく、事故でもなく、精神的にこの世を離脱するのかもしれない。それが現象として科学的に証明されていなくとも、これほど不可思議なことが多い世界だから何だってあり得るだろう。  でも、それならばそれで受け入れる価値はある。もはや咲かない蕾だけが植え付けられた桜が並ぶ道を歩くのは疲れていた。ここで人生を終えることができるのなら、しかも唯ちゃんにもう一度会えるのなら。これ以上の幸せは存在しないのだろう。 「わかりました」 『では、ベッドの上に横たわって、目を瞑ってください』  僕は言われた通りに寝転がり、目を瞑る。頭は冴えているはずだけど、その人がパチンと指を鳴らすと、僕の意識はこの世から無くなっていた。
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