5.温室にて

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「お呼び立てしてすみません。ここならお体に障らないかと。湿度も温度も充分にあって緑が生き生きしている素敵な温室ですね」 「ああ、儂の自慢だ。……この前、お前が言っていたな。聖シルヴィ教会に使いをやっても、そんな娘はいないと言われて帰ってきたと。妻はお前につらくあたっていたが、そんな工作までしていたのか儂には分からない」  そこまで聞くと、ルカさんが温室の中に入っていった。 「待って下さいお父様。町の教会に、母が何度か通っていたのを僕は覚えています」 「ルカさん!?」  ルイス様とお父様が一斉にこちらを見るので慌てた。身を隠しているのがバレてしまった。 「ルカ。リラまで……。そんなところにいたのか」 「はい、すみませんが聞いてしまいました。……僕が小さい頃、愛の神シルヴィを祀った教会に行くと、別室に通され神父様が母にお礼を言っていました。たくさんの寄付をありがとうございますって。母はいいことをしているのだと思っていました。ただ、いつも母は神父様に頼み事をしていたんです。『いいですか、我が家の使いがきても、一切応じずに頼みますよ』と。そのときは、なんのことを言っているのだろう、と思っていたけれど、口止めをしていたんだと今では分かります」  ハッとした。思い当たる節があったからだ。 「神父様は買収されていたんですね……。そういえば時々、急に食事の内容が豪華になったり、皆の服を新調してくれていました。そういうときは大抵、私にすまなさそうな表情になっていたんです」 「真相は、神父に聞けば教えてくれるでしょう。彼は証人だ。……そうやって僕からリラを遠ざけ、生きる希望をひとつずつ奪っていたのか。そこまで僕が疎ましかったのか。僕がなにをしたっていうんだ……!」  そばにあった葉を引き千切り、ルイス様が呻く。義理とはいえ、母に疎まれるつらさは並大抵ではないだろう。 「母は僕にこう言っていました。『この屋敷はいずれあなたのものになるのだから、大事になさい』と。僕が首を傾げ『お兄様のものは?』と言うと、悪魔のような形相になりました。『私が学校に行っているあいだに、伯爵を横から攫った女の息子には、なにひとつ残してやらないわ』と。お兄様の母君のことを知っているようでしたが、そのときの僕はただ母が怖くて、泣いた記憶があります」  その場にいた全員が黙り込む。まだ十一歳の少年が、まるで聖典を諳んじるように残酷な言葉を滔々と話す姿は痛々しかった。 「恨まれていたのはルイスの母……ミレーヌだったのか。結婚前に出会っていたなどと、ひと言も聞かなかった」 「プライドの高い女性でしたから、打ち明けられなかったんでしょう。……けれど、やっと分かった。彼女は僕を通して、長年母に復讐していたんだ」 「妻に骨抜きにされていた儂には見抜けなかった、彼女の本質を。彼女が死んでから、すこしづつ些細な過去に疑問を抱くようになった。儂の目は長いあいだ曇っていたようだな。……すまない、ルイス、ルカ」  フォンテーヌ伯爵が、急に歳を取ってちいさくなったようだった。ややあって、ルイス様が口を開く。 「……すぐにはあなたを許せません。だけど、今まで会話がなかった分、これから歩み寄っていけば……」 「あの、提案があります」  そっと挙手して、フォンテーヌ家の皆さんの顔を見渡す。 「リラ?」 「食事を一緒にしてみてはどうでしょう? 貧しくてかしましいけれど、私たちの孤児院では大勢で団欒を楽しんでいました。献立に関することや、世間のニュースからだっていいんです。話しながら食べると、互いのことが分かって楽しいんです」 「いい提案だね。どうです、父上?」  ルイス様に促されて、伯爵が頷く。ルカさんの表情が明るくなる。 「たしかにそうかもしれんな……」 「ここにいるあいだは、リラ様も一緒に食べて下さいね。いろんなお話をしましょう!」 「私も……? はい、ありがとうございます」
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