真夜中の刺客

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コロナに翻弄されるご時世。  私の仕事もテレワークとなり、ろくに外にも出られずパソコンと睨めっこしながら籠る日々。一人暮らしの部屋に友人が来ることもなくなった静かな空間。  そんな殺伐とした日常のささやかな幸せは、仕事を終えた深夜に訪れる。  テレビの前のテーブルに先週少し贅沢をして買った赤ワインとナッツをテーブルにおく。ワインは開けるのがいつも手間だと思う。だけどその勿体ぶり方が美味しさを引き出す過程の一つだと言い聞かせる。キャップシールを剥ぎ、コルクを取り除き、ワイングラスにルビー色のワインを注ぎ、それを口に含む。まろやかな甘い香りとその華やかさ味わいに口の中はびっくりだ。  私の心は完全にノックアウト。おいしすぎる。ぐびぐびいってしまいそうだ。  これは、少しずつ飲まなければ勿体ない。  ワインの合間にチーズやナッツを挟み、気を紛らわすためにテレビの電源を入れる。  すると突然画面いっぱいに、ふわふわの薄い生地からとろーりと溢れんばかりのクリームが映し出されていた。ゴクリと私の喉が鳴る。 「高級ホテルのシュークリームがコンビニで期間限定販売中! お値段は、一つ百円! そして……」  今この手の中にあるワインとあのシュークリームがあれば、更なる至福が訪れるのではなかろうか。  私は運動が大嫌いだ。立ち上がるのも億劫な性格。なるべく動きたくない人間だ。考えてみれば、うちからコンビニまで徒歩二十分強はあることを、思い出す。いつもの私なら即諦めるところ。だが、お口の中のワインとシュークリーム。最強コラボのためならば仕方ない。  気付いた時には早々にテレビリモコンの電源ボタンを押していた。パチリとテレビが切れる音に弾かれるように、私は立ち上がる。  時計を見れば二十四時を回る三十分前切ったところ。  都会から少し離れたはこの場所。コンビニとはいえど閉店時間は早い。急がねば。  マスクと深夜の暗さを味方にすれば、化粧なんてしなくてもバレやしない。  急いで家の鍵と税込み価格ということも念頭に入れて、百円玉二枚を握りしめた。ふふ。税込みの悪魔に騙されないぞ。私は念には念を入れるタイプなのだ。そして、私は家を出た。  深夜にこんな必死になって、歩くなんて人生初だが、早く食べたい。早く飲みたい。その一心で足はものすごい脚力を発揮し、いつもより早く到着することに成功。  コンビニはまだしっかり灯りが点っていた。ニヤリと笑い、自動ドアの前へ。ようこそと扉が開く。  一歩店に入ると正面にデカデカとあのテレビに映っていた高級ホテル監修シュークリームと書かれているコーナーを発見。  あった! これだ!  口の中に唾液がじゅわっと広がる。意気揚々とそこへ向かいシュークリーム前へ。なんだかシュークリームがやけに細長く見えるのは、きっと汗だか涙で視界が歪んでいるせいだ。  やった! これで、私の野望は達成される。 さぁ、レジへ行こう。そう思い手に取ってみる。だが、やっぱり何やら様子がおかしい。袋の中でシュークリーム何個か繋がっていているようだ。どういうことだ?  歪んだ視界を鮮明に戻すために、ごしごしと目を擦ってみる。するとそこに飛び込んできたのは……三個串刺しされたシュークリーム。 お値段は三百円。  どういうことだ?  私の頭が真っ白だ。話が違う。あの宣伝は虚偽ではないか! キッと睨んだ先に小さな宣伝ディスプレイ。そこには、さっきみたコマーシャルの続きが流れていて私は絶句した。 「一つ百円なんです! そして、それを贅沢に三つ串刺しにしてお値段なんと三百円!」  私の手からシュークリームがポトリと落ちる。  至福の夢は、消費されたカロリーと一緒に煙のように消えていく。待ち構えていた刺客が持っていた串で私の心臓は真っ直ぐに一突きされ、野望は完全に息の根を止められていた。
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