第1話 プロローグ

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第1話 プロローグ

「はぁぁぁ〜」  朝子(あさこ)は大きなため息を一つついた。  いつもの電車、いつもの端っこの席に陣取り、今日も大好きな王子様に会う。  「会う」と言っても、王子様がいるのは手元のスマートフォン。 「私の王子様って言っても二次元だしね……」  最近、朝子がその魅力に取りつかれているのは、毎日1話更新される少女漫画のヒーロー。  身体はすらっとしているけど華奢じゃない。  きっとこのシャツの下には程よい筋肉がついている。  少し長めの前髪はいつも風に揺れる。  その前髪の隙間からみせる切長の目。  少し茶色がかった瞳には優しさと、芯の強さと、時々見せる攻撃性がうつる。  性格は自分の気持ちにまっすぐで一途。  素直って言うと子供っぽいけどまっすぐ一直線。  それを自分でもちゃんとわかってて言葉で伝えてくれる。 「あとはやっぱり……この笑顔だよなぁ〜」  スマホ相手についうっとりした自分にはっとする。  いけないいけない、電車の中だった。  田野倉朝子(たのくらあさこ) 27歳  化粧品会社に勤める会社員。  ただ今人生に迷走中。  社会で27歳といえばもういい年齢。  でも今の朝子は、新人じゃない、でもベテランでもない、そんな立ち位置でもがいていた。  化粧品会社といっても朝子はその中の事務の仕事をしている。  主に行っているのは現場スタッフの勤務調節。  各地で行われる化粧品販売のイベントに勤務するスタッフを一月単位で割り振っていく。  華やかなショップに立ったり、商品開発のように第一線で活躍している同僚を横目に1日の大半はパソコンと睨めっこする日々だった。  社員の男女比は女性が8割:男性2割。  特に朝子の部署は女性ばかりなため会社での出会いは皆無と言ってもいい。 「最後にリアルで恋したのっていつだっけ?」  社会人になったばかりの頃は確かに彼氏がいた。大学のサークルの後輩だった。  朝子の1年後に卒業した彼は就職せず、音楽の専門学校に入りバンド活動をしていた。  会社でもがく自分と夢を追いかける彼。  気がつけば自然と距離が空いてしまいそれっきり。  あれが恋だったのかもわからない。 ◆ 「相変わらずパンツスタイルがきまってるわね!」  突然後ろから声をかけられて朝子はドキッとする。  声をかけてきたのは百貨店事業部の佐伯由美(さえきゆみ)だった。  由美は朝子より2歳年上で営業職向きのサバサバ系女子。  朝子が新人の時から何かと声をかけてくれる先輩だった。 「由美さん。おはようございます」  朝子は動揺を隠すように、ボブヘアの髪を耳にかける。 「おはよう。ねぇやっぱりBA(ビューティーアドバイザー)の研修受けてみたら?朝子ちゃん背も高いし目を惹くのよね。絶対現場向きだと思うんだけど!」  朝子は唐突な由美の言葉に、あははと愛想笑いを返す。  確かに朝子は背が高い。  ヒールを履けば170cmは軽く越えてしまう。  でも、朝子はそれが嫌でしょうがなかった。  だって少女漫画のヒロインはいつだって小さくて可愛い女の子だ。  ヒーローに後ろから抱きしめられて、すっぽり収まるあのサイズ感。 「私には永遠に経験できない……」  朝子は曖昧な笑顔を見せたままエレベーターに乗り込む。  扉を閉めようとした時「待って!」と滑り込んできたのはイベント事業部の亜川由人(あがわよしと)だった。  亜川は何やら仕事の電話をしながらエレベーターに乗り込んだ。  朝子は横目でチラッと亜川を盗み見る。  年齢は確か朝子よりも4歳くらい上だったはず。  仕事ができて社長からも一目置かれている彼は、小さい頃からバスケットボールチームに入っていてスポーツマンだって噂で聞いた事がある。  営業職らしく爽やかではつらつとした雰囲気は、ただでさえ男性が少ないこの職場では目立った。 「ファンも多いって聞いたけど……ま、私の王子様には敵いっこないな……」  朝子は通勤途中で読んだ漫画の王子様を思い出し、ほうっと息をつく。 「そういえば……」  突然亜川に話しかけられて、朝子はビクッとした。 「この前お願いしたイベントって、スタッフ全部手配出来てる?」  亜川の電話は終わっていたらしい。 「あっ、最終日のスタッフ一名だけ返事待ちがあるんですけど、それ以外は手配出来てます。多分今日中にリスト渡せると思います」  朝子は頭の中でイベントリストを思い出しながら答えた。 「ありがとう。田野倉は仕事が早くて助かるよ」  亜川はそう言い残すと、さっとエレベーターを降り自席の方へ歩き出した。 「なんと!王子様要素ひとつあり。ファンがいるのも納得……」  朝子は自分のパソコンを立ち上げながら、一人頷いた。
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