人魚姫と王子様

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ

人魚姫と王子様

「お前は知らないんだろう。耳って舐めると苦いんだぜ」 カノープスが狐色の髪をばさばさと掻きながら歯を見せた。緑のナイフみたいな目だ、デルフィヌスはそれを淡々と見つめ返す。ホテルのベッドの上、ピンク色と金色の下品なライトの下、色々な玩具がゴミより雑に拡がった空間で、二人、向かい合って。 確かに、デルフィヌスは彼の発言が本当かどうか知らない、が、つい一分前にデルフィヌスの耳を舐めた彼が言うのだから、そうなのだろう。何方でも良かった。デルフィヌスにとっては、大抵のことが何方でも良いことだ。こうして、互いに全く愛のないカノープスに乱暴に抱かれたことすらも。 「だから、我慢して舐めてやってるんだから、少しは感謝しろよ」 デルフィヌスは耳に触れる。未だ少し湿っていた。別に「舐めてくれ」と頼んでもいないものを舐めたのだから、礼を言う気はない。と言うか、デルフィヌスは基本的に、誰にも口を利かなかった。デルフィヌスが口を開く時、それは相手の命を奪う直前に他ならない。自ら命を絶った同級生の、その原因の一端となった十年以上前、全ての言葉は邪魔と知った日から。 同業者の、つまりは人の命を奪って金を貰っているカノープスは、デルフィヌスとは違うタイプだった。カノープスは、そのような生業に中学生の頃から望んで就いており、其処で生き延びる為に自分で足を斬り落としたという。其の上で彼は自分の美しい白磁器の義足を自慢するのだから、生きる気力に満ちている。 今はその義足もないので、彼は着衣の時には分からない意外と屈強な腕で身体を引き摺るようにしてデルフィヌスと距離を詰め、先程舐めたのと反対の耳に唇を寄せて囁いた。 「お前って、イく時も声の一つも上げないんだな」 近付いて来ると、オリエンタルな香水と、汗が混ざった香りが鼻を突いた。 カノープスにも性欲を処理する相手くらいはいくらでもいるだろう、この業界で、一人の相手を愛する者の方が稀だ。しかし、敢えてデルフィヌスを何度か選んで来たあたり、興味本位であることは分かる。 カノープスは、デルフィヌスの黒いレースの下着の中に手を突っ込んで、左の胸をまさぐった。デルフィヌスが僅かに腿を震わせたのを敏感に察し、その先端に指を動かしてくる。数分前にあんなことをした後とは思えぬ冷たさだった。 「いつも、人魚姫の王子様みたいな服着てるけど、下着は女なのが面白い」 一回戦を終えたところなのに、また始まるのかと思うと億劫になり、デルフィヌスは軽く肩を押してカノープスを離そうとした。するとカノープスはけらけらと笑って、どん、と押し返し、ベッドに仰向けにさせて来た。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!