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第10話 ナマケモノ魔獣と僕たちと (2)
「わたしもあげてみてもいい?」
すりおろしてもらった果物を手に部屋に戻れば、ディーが近づきながら僕に問いかける。
「たべてくれないかもしれないよ?」
ディーの問いかけにそう答えれば、ディーがこてん、と首を傾げながら口を開く。
「ユーリだからだいじょうぶよ?」
「?」
ディーの言った意味が分からずに首を傾げれば、僕と同じ方向に首を傾げながら、満面の笑みを浮かべたあと、ディーが言葉を続ける。
「ユーリにやさしくされたら、わたし、うれしいの!」
「? うん?」
「だからね! このこもうれしいの! だからだいじょうぶなのよ!」
「ええと……」
にこにこにこ、ととびきり可愛らしい笑顔を僕に向けながらディーがほんの少し胸を張っているように見え……なくもない。
えっと……つまり?
ディーの言いたいことを纏めると……
僕に優しくされるとディーは嬉しい。
だからナマケモノ魔獣も、僕がナマケモノ魔獣に優しくした(優しくというか見つけたというか)から、嬉しい。
だからコレも食べるはず。……ということ? かな?
「なかなかな」
強引理論じゃない? それ。
そんなことを思うけども。思うけども、今はそれでもいいかな、と思う自分もいる。
とにかくあの子は傷を治して元気にならなくちゃいけないし、そのためなら、多少強引理論でもいいか。
名案でしょう! といわんばかりの顔をするディーに、ふふ、と小さな笑い声を零しながら、「たべてくれるとぼくもうれしい」と返せば、ディーはうんっ! と元気よく頷いて僕の手をとった。
「た」
「たべたぁぁぁっ!」
「たべたねえ!」
ちょびちょびと、本当に少しずつだけれど、ナマケモノ魔獣が果物を舐めている。
その様子に感動したディーに手をぎゅっと握りしめられていれば、「にんじん……」とディーが小さな声で呟く。
そう、ロモにすりおろしてもらったのは、果実だけじゃなく、その場にあった人参も一緒にすりおろしてもらった。
そんな人参のすりおろしを見て、ディーが少し顔を顰めている。
ディー、人参が苦手だもんなぁ。
今ならそれ、僕もわかる。と心の中で深く激しく同意する。
翔吾の時は、人参もなんてことなく、むしろハンバーグとかについてきてたやつとか、美味しく食べてたけど、どうやら子どもの味覚の今は、僕もほんの少し、人参に苦手意識はある。
でも、この野菜も、領民の人たちが一生懸命作ったものだし。
直接つくってない僕たちは、彼らの努力の結晶をいただいているわけだしなぁ。
食べ残しはしてはいないものの、苦手な野菜を食べるときのディーは、この世の終わりかのようにもなっているし……ディーの人参嫌いも、どうにか解消しないとか。
まずは、人参ケーキとかから始めるか……?なんて思いながら、少しずつ、少しずつ食べ続けるナマケモノ魔獣へ意識を戻す。
動物好きだから動画サイトでしょっちゅう見てたんだよなぁ。特にナマケモノは色々なやつ見てたんだよなぁ。
あの時のナマケモノも、人参をよく食べてたし、一か八かで試して良かった。
ゆっくり、けれど確実に命を繋ごうとする小さな生き物に、ホッ、と息を吐き出せば、彼の姿に、胸の奥に何かが揺らめいたような気がする。
今の、なんだろう。
何か、青い光が見えたような気がする。
そう思った直後。
「ユーリ」
「ん?」
「ユーリ、きれい!」
「んん?」
ぎゅう、と僕の手を力いっぱいに握りしめて、ディーが僕の顔を覗き込む。
「ディー?」
「ユーリのおめめとかみ、キラキラしてる!」
「キラキラ?」
「キラキラ!」
なんのことだろうか。
突然のことに思わず瞬きをしてディーを見返せば、「みて!」とディーが自分の瞳を指差しながらさらに近づいて言う。
ええと……どゆこと? ディーの目に映る自分を見て確認しろと……?
いや、ディーの瞳は宝石か? と言いたくなる程にとてつもなく綺麗だし、鏡みたいに使えてしまいそうだけど、流石にそれは無理があるんじゃなかろうか。
そんな事を思った瞬間、チラ、とディーの目に映った自分が見える。
いや、普通では???
そう思って首を傾げば、「みえなかった?」とディーも僕と同じ方向に首を傾げる。
「ごめん、ディー、わからなかった」
ごめんね、と繰り返した僕に、ディーは唇を尖らせたまま、「むうう」と呟く。
そんなディーの頭を撫でながら、もう一度ごめんね、と伝えれば、ディーに笑顔が戻る。
「ユーリ、きれいだったの! あのことおんなじいろしてた!」
「あのこ? おんなじいろ?」
「うんっ!」
片手は僕の手を掴んだまま、ディーがナマケモノ魔獣を指差せば、パチリ、とナマケモノ魔獣と目が合う。
「あ」
それはほんの一瞬。
ナマケモノ魔獣の瞳に、晴れた空を見上げた時みたいな、眩しい光が見えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「……天使ですかね」
部屋の端で、部屋の真ん中にいる幼子を見つめていたリディアの専属メイドであるハンナの口から思わず言葉が漏れた。
「天使だと思う。いや、どう見ても天使」
「…………」
そんなハンナの声に、同じくヒソヒソと言葉を返したのは、つい先日、ユリウスの専属執事となったキグリで、いつもならそんなハンナに小言を返すであろう彼も、幼い主二人の様子に、「うん、天使だな」と珍しくぶつぶつと呟きながら頷いている。
さらにはハンナの左隣に立つメイジーに至っては目をそらすこともしないが、少し瞳が潤んでいて、もはや言葉すら出てこないらしい。
泣くほどか? とも思うものの、まぁ、騒いでいないし、とキグリは彼女を放置することに決めた。
魔獣=危険なモノ。この国に生まれたものは、貴族であろうと庶民であろうと大差なくそう教わっている。
にも関わらず、怪我をしたあのスーロスに真っ先に気づき駆け寄ったのは、他の誰でもない幼いユリウスだった。
その上、「助けたい」とあの小さな手で、キグリへと必死に訴えた。
「なんと深き慈悲の心……」
ボソリと呟いたハンナの声にキグリが頷く。
「しかし……」
ユリウスが、誰よりも先に、あのスーロスに気づき、その上で放った「声が聞こえた」という言葉。
その事は勿論、ユリウスの父、シュプレングル家当主 エリアスにも、その時の状況は伝えている。
魔獣の声を聴く者。
その存在を、彼も、エリアスも、誰もが耳にしたことはない。
「あるとすれば」
一流の魔法士が集結する宮廷魔法師であれば、可能かもしれない。
皆が、そう思った。
けれど。宮廷魔法師への道のりは辛く厳しく、一筋縄ではいかない事など、この国では子どもでも簡単に想像がつく。上下関係も厳しく、貴族のしがらみも因縁も、非常に強い深い場所。
それが、現在の宮廷魔法師団を表す言葉だ。
―― 「……子どもたちには厄介事などとは無縁に、のびのびと育って欲しいのだがなぁ……」
そう呟いた当主に、その場にいた皆が首を縦に振った。
それは、自分も例外ではない。
そんな風に考えこんでいたキグリに、ハンナが不思議そうな顔で、「キグリ?」と彼の名を呼ぶ。
「……何でも、ありません」
かろうじて出た声は、低く、重たい。
願わくば、
我らが小さき主の未来への道筋が、明るいものとなるように、と、彼は願わずにはいれない。
そんな事を、同じ部屋にいる彼らが自分たちを見ていることなど、微塵も思っていないユリウスとリディアの幼い2人は、顔を見合わせ、嬉しそうに笑っていた。
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