それでいいの?

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もう何百回目か分からない寝返りを打つ。脳みそは完全に冴えており、眠れそうにない。頭の中では、この一年間のことがぐるぐると繰り返されていた。 ノートにプロットや登場人物の設定を書き込み、真っ黒にしたこと。日曜日の朝から執筆を始め、気づいたら日が沈んでいたこと。推敲作業が辛すぎてベランダに飛び出して叫んだこと。まさに、あの小説と共に生きてきた一年だった。 私は顔を上げ、壁にかかった時計を見る。ベッドに入ってから一時間が過ぎていた。このままベッドで寝転んでも、全く眠れる気はしなかった。なかなか寝付けない時、私がやる習慣は一つしかない。 テーブルの前に座り、ノートパソコンを開く。暗い部屋の中で、パソコンの光がまぶしかった。デスクトップにあるワードファイル、それは、私が公募に出した小説だ。その小説を初めから読んでいく。その冒頭は何百回と修正したものだ。苦闘の日々を思い出し、まぶたが震える。 ふと、その時、違和感に気づいた。何がおかしいかと考えると、それは主人公の設定だということにたどり着いた。主人公はOLとしているが、これは私と同じ職業にすることで、リアリティを出そうと思ったためだ。 しかし、その職業では、この小説のストーリーを生かせないように感じた。一年間この小説と向き合っていたのに、そんなことも気づかなかったのか。おそらく書き上げることにあまりに必死だったからに違いない。今こうしてまっさらな頭で読むと、それははっきりと分かった。 じゃあ何の職業が良いだろうか。少し考えて、看護師、という職業が頭に浮かんだ。人の命に関わる職業、そうでなければこの小説を描き切ることはできない。そう決めると、私の指は勝手に動き、物語を紡いでいった。 あっという間に一万文字が書き上がった。読み直してみると、ちょっと身震いするくらい良い文章ができた。まさかこんな短時間で、こんなに良いものが書けると思わなかった。 しかし、一つだけ問題があった。それは、看護師についての描写にリアリティがあるかどうかだ。いくら良い文章でも、その職業についてトンチンカンなことを書いていたら台無しだ。 そうなると、自分の書いたものがおかしくないか、気になって仕方がなかった。私はふと、自分の友人に看護師がいることを思い出した。スマホを取って、その友人に電話をかける。 「もしもし、どうしたの」 その友人が、眠そうな声で言う。 「あ、京香? 今ちょうど看護師の物語を書いていて、違和感がないか京香に読んでほしいんだけど」 しばらくの沈黙の後、「今から?」と露骨に嫌そうな雰囲気の声が聞こえる。 「そ、今から。もう気になって仕方がなくて」 「今って夜の十一時だけど」 「おだまり。悲しみに暮れる私を置いて行った罰よ」 「はいはい。分かりました。じゃあ、その原稿をメールで送ってよ」 そう言って、通話が切られた。私はすぐに京香宛にメールを送る。 二十分ほどして、返信が来た。京香からだ。そこには『問題ないよ』と書かれていた。私はその言葉にホッとする。 ふと、そのメールに続きがあるのに気づいた。改行した後に続く文章は、こんな内容だった。 『あんたの一番のファンとして、完成を待ってるよ』 私はじっとその文章を見つめる。胸の奥がジンと暖かくなった。 私はすぐに小説の続きに取り掛かる。イメージはどんどん湧いてきた。何だか前よりも良い作品になるような予感がする。 この一年間、小説を書くのは、ただ受賞のためだった。楽しくないわけではなかったが、それしか頭になかったように思える。しかし、今、久しぶりに純粋に執筆を楽しんでいる。私の一番のファンのために。そう思うだけで、力がみなぎってきた。 時計の針は、まもなく十二時を指そうとしている。しかし、走り出した私の心は、止めることなんてできなかった。
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