第九章 心乱れる10月

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ウィッグを整え、眼鏡を装着する。 思ったより時間がかかってしまった。 骨喰君はどうしているだろうか? 彼のことを考えながらリビングへ向かう。が、最後に...とベッドに足を戻す。 見下ろせば涙の跡を残す整った顔が目に入る。 いつもは七と三の割合で分けた前髪を後ろに撫でつけるようにセットしているが、今は無造作に下ろされ目元に髪がかかっていた。 それだけでだいぶ印象が変わる。 大人っぽさがなりを潜め、彼を年相応幼く見せている。 「.....変わってないなぁ」 別人みたいだと思っていたけど、それはガワだけだった。中身はわがままで頑固なチビちゃんのまま。 ....うーん、なんで素で話さないんだろう? あんな喋り方、チビちゃんらしくない。でもまぁ会長のキャラは嫌いじゃないかな。 「元気になった貴方に会えるのを楽しみにしていますよ会長」 今度こそ寝室からリビングへ。 ドアを開けると、ソファに座り膝を揺らす骨喰君の姿があった。 ドアの開閉音が聞こえたのか、伏せられていた顔が上がる。 「一条!!」 「はいはい、一条ですよ。会長は無事落ち着きました。これでいいんですよね?」 「本当にありがとう。それと無事でよかった。....無事だよな?どこか怪我とか――」 「無傷です」 「そうか.....よかった」 「.....」 「.....」 何故か居心地の悪い空気が流れる。 いや、僕は別に気まづくしてるつもりはないんだけど、骨喰君がチラチラとこれまたわかりやすい視線を送ってくるのだ。 なにか言いたそうに何度も口を開いてはグッと噤んで。 「あ~....聞きたいことがあるなら聞いてください。そんな視線を送られても困ります」 「!!」 言いやすいよう促せば、彼は何故か寝室の方に視線を送ると顔を俯かせた。 .....これは僕が察しないといけないやつだな? 骨喰君が言わない、もしくは言えない内容というのはよっぽどのもののはずだ。今の状況からしてその内容は―― あぁ、なるほど。気づいちゃったんだね。 「ふむ....どうやらこの場では言えないようですね。僕の部屋か君の部屋、どちらがいいです?」 「落ち着きたいから俺の部屋で頼む....」 「ではエスコートお願いします」 「っ、なっ.....ぅ.....」 手を差し出せば強ばった顔で凝視される。 緊張、戸惑い、驚愕、恐れ、照れ.....うーん、普段の彼からは想像できない表情の豊かさだ。 そういえば、萩野君にちょっかい掛けられて軍服を破られたときも百面相してたなぁ。破けた軍服をくれないか?とか言って....ああ、懐かしい。 僕はあの時と同じようにテンパっている彼に笑いかける。 「冗談ですよ」 「そ、そそうか。.....よかった」 そんな心底ホッとしたような顔されるともっと虐めたくなっちゃうんだけど? 本当にいじりがいがあるなぁ君は。 骨喰君の部屋に通される。 内装はどの部屋も同じなため、特に驚くようなことは無いはずだが.....僕の部屋や会長の部屋と違って彼の部屋には展示するかのようにガラスケースが幾つも並べられていた。 さながら博物館のように。 「う、わぁ.....」 ガラスケースを覗けばお高そうな宝石が。 他にもお高そうな宝石で装飾なされたネックレスなどもある。 どれも目を細めたくなるほど眩しく感じる。 「に行ったか~.....まぁ以前みたいに人のを盗むより全然いいか。.....盗んでないよね?」 「やっぱり弥斗さんか.....っ」 「わっ」 急に飛びつかれ倒れそうになるも、背後にあるガラスケースのことを思い出しなんとか踏みとどまる。なにかの衝撃でネックレス壊して弁償とかたまったもんじゃない。 「あのさ、ここで話すの怖いから向こう行かない?」 「ぁ、ああ.....本当に弥斗さんだ。綺麗な顔、口調、性格――」 「話聞こうかクロウちゃん」 眼鏡を勝手に外し、顔をベタベタ触ってくる彼に苦笑いながら、惚けたクロウちゃんの手を引きソファに誘導する。 ソファに座ると、隣からの強烈な視線を感じながらウィッグを外した。 「.....考えてみれば分かる事だった。あの竜一が懐くんだ、弥斗さんしかありえない」 「いやいや、それだけで僕って普通は分からないから。分かったら怖いよ」 「この数年間、竜一の世話をしていたからよく知っている。アイツの気難しさを、アイツの性質を。鎖真那双子並にイカれた竜一を御していたあの頃の弥斗さんの凄さがよく理解できた」 全然御せれてなかったよ?何度言っても僕のクラスに来たし、周りへの威嚇をやめなかった。 うん、御せれてないぞ?? クロウちゃんは僕とチビちゃんのやり取り見て御しているように見えたの?嘘でしょ?? というか、サマ臣君達と同列に語られるチビちゃんよ....何やったの 「 違和感はあった。庶務として会長を補佐する一条....さんの姿に」 「呼び捨てでいいよ」 「竜一の隣に居いる一条さんの姿がしっくりきすぎたんだ」 「呼び捨て....まぁいいや」 「だが、その違和感も一緒に仕事をしていくうちに直ぐになくなった。弥斗さんもそうだった。最初は異物感が半端ないのに、いつの間にか溶け込んでいる。あぁ....同じだ」 「僕って異物感すごいんだんぁ。いつも君に気付かされるよ。僕が他人からどう見られているのか」 「それで竜一にバレたのか!?」 「まずは落ち着こうクロウちゃん。僕の声聞こえてる??」 頭をチョップ。 「ぁ、あぁ....すまない」 眉間を揉むように指で捏ねるクロウちゃん。疲れてるねぇ。 「それで.....竜一は知っているのか?」 「多分、知らない。だってクロウちゃんも見たでしょ?燈弥として部屋に入ったのにチビちゃんは僕のことを弥斗って言った。.....その時点でもう彼は正気じゃない」 「ならどうやって落ち着かせたんだ?アイツは弥斗さん相手でないと到底話が通じない」 「弥斗でもだいぶ話通じなかったけどね。.....夢と思い込ませたんだ。言うなれば啓示の真似事だよ。詳しい話は聞かないでね」 チビちゃんと僕の名誉のためにも言わない。 ......というか言えるわけないでしょ。チビちゃんに性的接触しましたって。 あれは''夢''でなかったことにできるからやったことで、本当は僕だってしたくなかった。チビちゃんには悪いけど、夢精したことにしてもらおう。 「とまぁ、そういうことでチビちゃんは薬やめると思うよ。で、問題は君だ」 「俺....?」 「説得はしたけど、諦め悪いチビちゃんのことだ....弥斗探しをするはず。まずは自身が見た夢が本当に夢なのか確認しにくるだろう」 「.....つまり、今日俺は1人で竜一の部屋に行ったと。そういう態度をとればいいんだな?」 「察しがいいね」 そう。クロウちゃんがとぼければこの夢は完成する。燈弥という夢を壊しかねない存在は隠さなきゃならない。 「声はどうする?一条さんと弥斗さんの声は一緒だ。一条さんの声から弥斗さんだとバレる可能性はあるだろう?」 「クロウちゃんってさ、自分が見た夢の内容覚えてる?」 「まぁ強烈な夢なら覚えている」 「なら声は覚えてる?」 「​────覚えて....ない」 「でしょ。言われた言葉や内容は覚えていても声は覚えれないものなんだよね夢って」 「だがではないだろう!?あの竜一だ。夢と思い込んでいても覚えているかもしれない....」 「燈弥を弥斗と思い込むほどの錯乱状態で?無理だって。.....でも保険をかけて数日は近づかないようにするよ」 まだ納得いかなそうだが、僕としてはクロウちゃんがチビちゃんにバレないよう手伝ってくれることの方が気になる。 僕と過した時間よりチビちゃんと過ごした時間の方が長いだろうに.....。 「クロウちゃんってもしかしてチビちゃんのこと嫌い?」 「急になにを.....嫌いじゃないぞ。面倒臭いとは思うが」 「ならなんで偽装に付き合ってくれるの?僕よりチビちゃんとの付き合いが長いよね」 「....?」 首を傾げられた。 「なんでって.....弥斗さんは間違ったことしないじゃないか。竜一に隠すのは竜一のためでもあるんだろう?」 「あー....うん。まぁそうなんだけど....」 君もか! みんな弥斗を特別視しすぎじゃないか?? 僕だって間違えることあるのに.....
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