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「それを踏まえて、もともと『寿限無』という噺はですね、彼が井戸であるとか川であるとかそういったところに落ちてしまって、しかし助けを呼ぶのにあまりに名前が長すぎ、情報伝達に手間取ったため寿限無が死んでしまうという内容なのですよ。つまりね、可能な限り永らえてほしいと名付けた名前が原因で子供が早死にしてしまうという、本来はこの辺りの皮肉に笑いの本質があったのです」  さすがにそれでは子供が可哀想だという意見が持ち上がったのでしょう、今ではかなりマイルドな結末が用意されておりますね。  そう補足する霧幻の顔は飄々としているが、私には「どうして本質を折り曲げてしまうのか」と憤懣遣る方無い彼の気持ちがちらりと覗いたように見えた。 「まぁでも、考えてみてくださいよ。たとえそうした事故もなく、寿限無が早死にしなかったとしても、あれだけ長い名前であれば面倒くさいの範疇を超えてかなり人生の長い時間を損することになると思いませんか。たとえば試験を受ける際とか、婚姻届に判を押す際とか、病院で名前を呼ばれる際とか」  恥ずかしい上に面倒くさい、良いこと一個もないですよ。と、わざわざ架空の人物のため憤慨している霧幻を見て、また会場から小さく笑いが漏れて伝播する。 「皆さん馬鹿にしますけどね、塵も積もればなんとやら、寿限無は名前のせいで途轍もないタイムロスを強いられますよ。そりゃあ普段遣いでは渾名にすればコミュニケーションもだいぶ簡便になって時間の損失も減るのでしょうが、そこはフルネームを使ってこその『寿限無』という根多(ネタ)なので、ここではその前提に則ることとしましょう」  言葉の途中でスポットライトは徐々に暗転していき、彼の姿が消えていく。 「結局何が言いたいのかと申しますれば、『寿限無、寿限無、五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末、食う寝る処に住む処、藪ら柑子の藪柑子、パイポパイポパイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助』という寿を詰め込んだような名前を付けた程度で、果たしてこの冗長さに見合うだけの寿命を本当に人間は授かることができるのか。そういうところが、この噺の中で一番面白いサゲになるのではないかと、私なんぞは思うのです」  あるいは照明が消えたのではなく、私が瞼を閉じただけやもしれなくて。そして私は目を開く。  寝てたぞ、と友人が言わずもがなの報告をする。 「どれくらい寝てた?」 「さぁな、ただ早く行かないとパーティーが閉まっちまうぜ」 「ほう、それは少しまずそうだね」  早くどこかへ向かいたそうな友人を尻目に、私は机の横にかけてある鞄を探る。そうか、ここは高校だったかと遡及効果で理解する。
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