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追憶のハナミズキ
それは神が定めた運命だったのか。
「姫様!しっかりしてください、姫様‼︎」
あれは初雪が降った日の朝だった。一面が銀世界に染まり、手が凍りついてしまうほど寒い朝。
その真っ新な世界に広がっていく鮮明な赤に、息が止まりそうなくらい強く胸を締めつけられる。
血の気が失せ、どんどん青白くなっていく顔。桜色の着物は血に染まり、地面に出来た血溜まりの広がりは止まる気配がない。握りしめた手は冷たく、まるで死人のようだった。
「誰か医者を!誰か!」
声の限り叫んで従者を呼ぶも、辺りには誰もいなかった。彼女に刺さった矢をひと思いに抜く。身に纏っていた帯を取り、それで止血を試みた。だが、それも所詮、気休めだった。
「姫様、待っていてください!すぐに人を呼んで、手当てをさせますから!」
手を強く握りしめ、そう叫ぶ。そんな中、冷静さを欠き取り乱していると、彼女の手が伸びてきた。
「あさ、ぎ……」
力なく、かすれた声で名を呼ばれる。弱々しく触れた手を両手で握りしめ、「何ですか」と、そっと自分の頬をすり寄せた。
「私は、もう……助から、ないわ。だから、医者は、呼ばないで……」
その言葉に、目を見開いて彼女を見返す。
「いけませんっ!すぐに医者を呼んできますからっ……!だから、助けを!」
「いいの……。自分の体、だもの、それくらい、わかるわ」
「何、弱音を吐いてるんですか!あなたは、私が死なせません!」
それは自分に言い聞かせた言葉だったかもしれない。今にも消えてしまいそうなほど弱っている彼女を前に、ひどく心が乱れていた。
「浅葱」
辺りには、しんしんと粉雪が降り注いでいた。いつもは太陽のような明るい笑みを見せる彼女が、今は困らせないでとでも言うように儚げに笑っていた。
「そんな顔するなんて、めずらしい……」
くすりと笑い、頬を愛おしそうに撫でられる。こんなときにまで、彼女のことを何とも思っていない男の仮面など被っていられなかった。そこにあるのは、ただ一人の女を想う男の顔。
「今世では、叶わなかっ、たけど……、生まれ変わっても、あなたに……また、あいたい。それが叶うなら、わたし、なんだってする……」
彼女の言葉が、胸をえぐるように心臓に突き刺さる。
生涯で、たった一人愛した人だった。想いを伝えることは叶わず、その心をずっと胸の内に秘めて生きてきたのに。
冷たくなった手をぎゅっと強く握りしめ、指先にそっと口付けを落とす。
「私も、あなたと同じ気持ちです」
その言葉を聞いて目を細めると、ふわりと笑みを見せた彼女。花が咲くような、綺麗な笑みだった。
「あなたが、ずっとすきだったわ……」
小さく呟いた言葉を最期に、彼女は静かに息を引き取った。
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