ああ家に!家に!

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ああ家に!家に!

 今日はいつもより少しだけ早く帰ることができた。残業がないだけで、こんなにも清々しい気持ちになれるとは。俺は通勤鞄の中から鍵を取り出し、自分の家のドア、その鍵穴に差し込む。  美人で優しい妻。  可愛い社会人の長女に、しっかり者の高校生の長男と小学生の次男。まあ、次男は塾があるのでまだ家に帰ってきていないかもしれないが、時間的に見て他の三人は家にいることだろう。なんだかいい匂いもしてきている。気の利く妻は、既に晩御飯を作って待っていてくれたようだ。彼女も仕事をしていて忙しいはずだというのに。 「ただいまぁ」  ガチャリ、と開けるドア。一歩踏み込んだところですぐ俺は違和感に気づく。てっきり、家族の誰かが出迎えてくれると思ったのに、誰からも返事はないのだ。  家の中からはいい匂いがする。大好きな香ばしい匂い――俺の大好きなトマトスパゲッティだろうか。だからこそおかしいのだ。何故、家の電気がついておらず真っ暗なのだろう。 「……もしもーし?チカ?マナミ?マキト?」  妻、長女、長男の名前を呼びながらそろそろと靴を脱いで玄関へ。廊下の電気をつけて、思わずひいっと声を上げそうになった。床に、べったりと赤い足跡が残っているのだ。それが、奥のリビングの方へと続いているではないか。 「お、おいっ!?」  まさか、家族に何かがあったのか。慌てて鞄を床に置き、足跡を踏まないように気を付けて室内へ飛び込む。マンションの一室、3LDK。廊下の突き当たりのドアを開けると、そこにはリビングとキッチンがある。リビングは真っ暗だったが、キッチンには明かりがぽつんと灯っていた。やはりおかしい、鍋が火にかかったままになっているではないか。  とりあえずコンロに近づき、そっと火を止める。大鍋の蓋を取ると、中には真っ赤なスープらしきものが煮え立っていた。匂いの元はこれだったようだ。しかし、トマトスープにしては、いつもより赤すぎるように見えるのは気のせいだろうか。  ごくり、と唾を飲み込んだその時。 「くすくす……」  リビングから、誰かの笑い声。 「うふふふふ」 「はははは」 「ふふふふふふふふふふふ」  複数の男女が、怪しく笑う声がする。家族だろうか。しかし、何故真っ暗な部屋から声がするのだろう。しかも何やら様子がおかしい。 「だ、誰かいるのか」  我ながら、情けない声が出た。鍋の蓋を元に戻し、そろりそろりとキッチンを出てリビングの方へ向かう。次第に、怪しい笑い声が大きくなる。 「はははははは」 「うふふふ」 「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」  次の瞬間。  誰かが真っ暗な闇の中から、がしりと俺の足首を、掴んだ。そして。 「エイジさぁん……おかえりなさあい……?」  刹那。  俺の恐怖は、頂点に達していたのだった。 「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
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