第二章 悪夢のカコ

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 恋人と手を繋いで逃げる。  この字面(じづら)だけ見ると、青春ラブコメのワンシーンだ。  さしずめ愛の逃避行ってとこだろう。特に追手が人外の動きをする事から、吊り橋効果は抜群だと思う──なんて。  なんて全く嬉しくない。  俺は化け物に襲われたい願望なんてない。  特にあの、『天使病』罹患者ともあれば。 「ねぇ陽くん! あんな所に自転車って置いた!?」  見覚えがあるはずなのに、身に覚えのない体験をしている。  当然のように愚痴の一つも出てくる訳だが。  その思考を、奏の焦った声が遮った。 「俺の自転車!? ンなもんあるわけ……」  本当に、ある訳がない。  だって、俺にはその自転車を駐輪場に止めた確かな記憶がある。  校門前で乗り捨てても良かったのだが、人の目はあったし、何より警備員に注意されて時間がかかってしまう事を俺は危惧したのだった。  なのに──────あった。 「……はぁ⁉︎ まあ良い、乗るぞッ‼︎」 「う、うんっ!」  俺は即座にそれに跨る。  彼女も負けず劣らずの速さで荷台へ飛び乗り、俺の腰へと手を回した。  それと同時に俺はペダルを回し始める──力の限り、全力で。  現人神の強化され、人間離れした脚力はないし、もっともそんな脚力があったとしても、チェーンがそれに耐えられずお陀仏になるだけなので丁度良いかもしれない。 「うおおおおおおぉぉぉぉぉっ!」  ただ、今の状況からしてチェーンがお陀仏にならなくとも、俺たちがお陀仏になる可能性はあるのだ。人間としての枷が外れている彼らは脚力がその範疇を越えている。自転車でようやっと多少なりは安定して逃げられるくらいに。  安定といっても全力でペダルを回して、だ。  道路交通法的には、自転車にもスピード違反はあるらしいのだが、そんなものは同じく全力で無視している。  確かに法律は人が生きていく上で守らなければならないものだが、それ以前に人……とりわけ今の俺には優先的に守らなければならないものがある、そう、奏や俺の命だ。  そんな速度で校外へ脱出することに成功したのだが、状況は悪化の一途を辿っている。すれ違う人全てが化け物に変貌していくのだ。俺の知る『天使病』には人に化ける、擬態するという劣悪な症状はないというのに。  それに一番不可解な点は、『天使病』にとって重要ながいない。彼らの元凶が。  そもそも『天使病』はアレから生まれるのだ。人から人へ感染する類のものではない。  似ている状況を知っているだけに、謎が謎を呼ぶ状態だ。全く何も解決していない。 「だったら、もっと分かるのか……? いつも正しい……アイツなら」  と。  思わず呟いた瞬間、何かが真横を通過して──爆ぜた。コンクリートの破片が勢い良く飛び散る。 「何ッ⁉︎」 「これは──ッ! 奏! 後方に何がいる⁉︎」 「えっと。眼球だらけの、天……使……?」 「宇宙人みたいな奴か! 大体理解したッ!」  『天使病』罹患者の末期症状。  それは一言で表すなら『天使になる』だ。原理こそ俺も分かってはいない。ただ、罹患者から……まるで蟲が殻を破るように『天使』が生まれることから羽化と言われていた。  ぎゅっ、と。  腰に回されていた手の力が強くなる。    それが本当に俺の知るそれなのか。  前方に注意を払ってペダルを回し続ける俺には分からない。けれどその反応からしてそれだと判断出来た。 「でも……あれ……」 「もう良いッ! もっと抱きついてろッ‼︎」  角を左に曲がったところで、通った道が爆ぜる。飛翔しながら追いかける彼らの『光の槍』だ。命中精度こそ低い、しかし当たればどうなるのかはコンクリートが示していた。  彼らが出てきた以上、直線は危ない。  この際、『危険が危ない』と表現しても、おそらく問題ないだろう。 「おおおおおぉぉぉぉぉ‼︎」  次に何が起きるのか分からない。  それでも俺は。  もう二度と奏を失わないように──ぐっ、とハンドルを握り直した。  悪夢の逃避行はまだ終わらない。
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