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プロローグ コレは前置き
話をしよう。
あれは一万と二千年前の話だった──というのは嘘だ。けれど、生まれ変わりと出会いの恋愛であるのは強ち間違いではない。だってこれは、一人の青年と独りの少女との出会いの物語なのだ。
積極的に語るべき話かと聞かれればそれはノーだろう。必ずしもその過程は希望に満ちたものではなく、誰しもが受け入れられるわけではないからだ。しかし、棚に閉まっておくには勿体ない。
出会い。
そんな一言でまとめてしまう事も出来るが、当人たちにとっては衝撃的な出会いだっただろうし、また運命的な出会いでもあっただろう。
僕が思うに、どんな代役を立てても同じ結末を迎えていたかと言えば、これに関してはほぼ確実に、そんな事はない。つまりのところ、結局あれは、彼らが彼らであったがゆえに起きた、そういう一連の物語だったと思う。
しかし。
僕が『観測者』だからこそ、地続きの事象を『一連の物語』と称する事が出来るのだけれど、きっと彼らの人生自体はまだ終わらないだろう。
憶測なのは理由があるのかって?
それはほら、簡単だよ。
僕には僕の視点からでしか物語を観測する事は出来ないからさ。ついでに言えば、僕以外の誰かにとって、その一連の物語が本当はどんな意味を持っていたのか──そして、どんな意味を持っていなかったのか、知る由もないわけさ。
もし仮に、この物語を君たちが読んで、推測したとしても──それだって、真実の域に達する事はない。
あるのは真実ではなく、認識だけ。
そして読者である君たちにとっては、それだけで十分だろう。
観測者にのみ意味を持ち。
観測者により意味が違う。
観測者同士で意味が一致しない。
だってそれが──『神様』だから。
時にそれは世界を創るものとして描かれ。
時にそれは世界に終末をもたらすものとして描かれ。
正直なところ、今更説明なんて不要だよね。にしても神様が『人にチート能力を与えて転生させるもの』として描かれている世界を視た時は座布団一枚をあげたくなったよ。
ともあれ、彼……『リコリス』はその、古くから存在していながら、新しいものへとアップデートされていく概念の系列だったわけだ。
そんな彼が向かったのは、色褪せた世界。決して古い、あるいは趣深いといった意味ではなく、その文字通りの色のないモノクロの世界。
本来なら一個の世界として、滅び。
本来なら一つの世界樹の枝として、枯れて。
けれどそれなりの原因があって、滅びることなく存在を保ち続けている世界。
そうだね、仮に例えるなら。
ゲームで死んだはずのキャラが生きている、その状態が世界単位で起こっているのさ。
まあ、バグったゲームのようなものとでも認識してもらえば良い。
さて、彼は如何にしてそのバグを治すのか。気にならないかい?
……前置きが長くなってしまったね。これに関しては勘弁して欲しい。僕の性格だからさ。
良くも悪くも君たちの世界には、その良し悪しに関わらず物語が溢れている。だから、この物語に興味がないならブラウザバックとやらをしてもらっても構わない。
ただし、物を語ってこそ物語。語り手だけで成り立たないのもまた物語。聞き手に成りたいと言うなら、喜んで語ってあげよう。正確には、語り手は僕ではないけれど。
≠≠≠
「おや、語り手の準備が出来たみたいだ。なら、最後に一つだけ口を滑らせよう。これは僕にとっては昨日の出来事であり、君たちにとっては──明日の出来事さ。それでは物語で待っているよ」
深い紫色の髪を揺らしながら、さも新しい玩具を貰った子どものように、しかし何処か深い笑みを浮かべた男は、最後にゆっくりと告げた。
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