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 その瞳から涙が粒になって(こぼ)れ落ちる。 「だから……長瀬優一には筆を折ってほしくないの。私は、長瀬優一と聴衆を繋ぐ配達人でいいと思ってる」  反町は、確か同じような台詞をついさっき聞いたな、と思った。ふいに熱いものが身の内を走った。  結衣が祈るように言葉を紡ぐ。 「あの頃の私のように、傷つき、たった一人で震えているどこかの誰かのために、魂に響く歌を書き続けてほしい」  祈りの言葉は、反町の固く閉ざした心の一番深い場所へ、その鍵穴をこじ開けるようにして、そっと届いた。  彼は改めて結衣を見た。  十代の面影が残る幼い顔立ち。九年前の自分同様にまだ人生のことなど何も分かっていない無知で蒙昧(もうまい)な顔がそこにある。  実際、話し方も内容も、幼稚で稚拙な印象は否めない。それでもなお、彼女の放つ一言一句は、刑務所を出たばかりの反町の乾いた心を包み込むように(うるお)した。 「大丈夫。……長瀬優一は書き続けるさ」    気が付くとそう口にしていた。言ってしまってから、自分の気持ちに気がついた。 「彼の歌を必要としてくれる人が、一人でもいる限り……きっと彼は書き続ける」  結衣に語りかけながら、自らに誓っていた。 「……ええ」    結衣の顔が、(つぼみ)がひらくように綻んだ。  二人は見つめあい、どちらからともなく破顔した。
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