第1話 里華と福珍

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第1話 里華と福珍

 傾城傾国(けいせいけいこく)の美女、里華(リカ)の住まう(いおり)には、毎日のように大勢の客が訪れた。  名のある貴族から王族まで、里華の美貌に心奪われた男達が、絶えることなく列をなしてやって来る。 「里華殿!こちらは西方より遥々取り寄せた金羊毛の織物!里華殿の美しさをより際立たせる最高の織物です!里華殿の為なら幾らでも取り寄せましょう!そう、拙者ほど貴女を想う者は他におりますまい!」 「いやいやお待ちを!こちらの装飾品をご覧下さい!里華殿の為に南方より取り寄せた金剛石を!里華殿の美しさに勝るとも劣らない輝きを持参した、我が輩こそ里華殿に相応しい!」 「はっはっはっ!里華殿を物で釣ろうとは嘆かわしい!里華殿!さあ、この肉体をご覧あれ!八十斤もの大斧を自在に操る、この鋼の如き肉体こそ里華殿に釣り合う男の証!」  名だたる宝物や宝石、そして磨き上げた肉体を里華の前に差し出す男達。  だが、里華の対応はいつも同じであった。 「折角のお話ではございますが…私の為に城を、そして国を差し出すと言う王族のお誘いを断っている手前、あなた方の求婚に応じる事は残念ながら…」  王族の求婚すら断る里華。そんな美女を納得させられる貢ぎ物など、並の男では用意など出来るわけがない。  その日、訪れた男達は誰もがうな垂れながら帰路につく。そう、毎日毎日訪れる多くの男達と同じように。 「あーバカらしい。ほんと、ろくな男がいないわね」  どいつもこいつも里華の容姿に惚れこんだだけの、つまらない男達。それが毎日のように大挙してくれば、流石の里華も気が滅入る。  だが、やって来るのはそれなりに地位のある者たち。無碍にするだけでは恨みを買う事もある。  ただでさえ、世の中の女達から妬まれる容姿を持つ里華なのだ。男達すら敵に回して、恨みを買うのは得策では無い。  やんわりと、お断り。それが里華の処世術。  そんな日常を送る里華のもとに、その日は珍客が訪れた。 「あの…傾城傾国の美女と謳われた、里華様でございますか?」  普段の来客は男ばかりだが、その者は珍しく女…いや、女?と表現した方が正しいかも知れない。  潰れた大福に、カビが生えた様な容姿の醜女。傾城傾国の美女と謳われた里華とは、まさに対照的な容姿の来客だ。  そんな珍客に里華は興味を示した。普段ならば門前払いする得体の知れない女を、その日の里華は相手にする事に。 「この私の他に、傾城傾国の美女がいるってのなら、見てみたいものね?」 「ああ、やはり里華様でしたか!私は里華様のお噂を聞き及んでやって来た、仙女の福珍(フクチン)と申します」 「仙女?女の仙人が何でまた、なんで私のところに?」  人並み外れた容姿の醜女ではあったが、まさか仙女とは想像だにしなかった。  怪訝に思う里華に、福珍は事情を話し始めた。 「実は私…とある殿方に恋をしまして…」 「ああ、カビの生えた草餅にでも恋をしたのね」 「あの…なんで私がカビの生えた草餅に恋を?殿方と言いましたよね?」 「カビの生えた大福みたいな醜女が、カビの生えた草餅に恋するって話なら、あり得そうでしょ?まあ、カビの生えた草餅に性別があるのかどうか、私の知る由もないところだけどね」 「……」 「それより、その殿方ってのは何者なのよ?」 「…ここから東におよそ三千里、東上皇国の皇太子様。劉清(リュウセイ)様です」 「ふーん。劉清って名前のカビの生えた草餅か」 「あの…先程から、余りにも暴言が過ぎませんか?私の事をカビの生えた大福とか、劉清様をカビの生えた草餅とか…」 「あら、ごめんなさい。私はね、女と仲良くなる気は無いから、相手が女だといつもこんな感じなのよ。女ってのは男と違って、必ず私の美しさを妬んで敵意を剥き出しにするからね。まあ、貴女ほどの醜女なら恐れ多くて、私に対する敵意は持たないだろうけど…」 「いえ、これだけバカにされたら流石に私も敵意を…」 「だったらとっとと、出て行きなさいよ!人が折角、善意で話を聞いてあげてるってのに…」  額に青筋を立てる里華に、慌てて福珍は平伏した。 「も、申し訳ありません!敵意などもってのほか!私はただ、里華様に助力を乞いたく、こうして頭を下げにやって参りました!」  へへー!っと土下座する福珍。全くプライドが無いことがうかがえる。  そんな福珍に里華も呆れながら問いただす。 「わたしがあんたみたいな醜女に、わざわざ時間を割いてあげてるのよ?用件があるならさっさと言いなさい」 「は、はい!実は、その…わたくし福珍は劉清様に一目惚れし、なんとかこの恋を成就させるべく、傾城傾国の美女と謳われた里華様にお力添えをと、やってまいりました!」 「ほほう?この私に、恋の手解(てほど)きを?」 「そうです!私の様なカビの生えた大福が劉清様と結ばれるには、傾城傾国の美女と謳われた里華様の助力無しには叶わないと思い、こうして頭を下げて懇願しているのです!どうか!どうかお願いいたします!」  頭をグリグリと地面に擦り付け懇願する福珍。その姿に呆れながらも、里華は福珍の願いが叶う事を告げた。 「…確かに私の助力を持ってすれば、あなたの願いは叶うわね」 「ほ、本当ですかっ!?」 「傾城傾国の美女である私が、嘘なんかつくわけないでしょ?劉清だかなんだか知らないけど、籠絡させることなど、造作もないことよ」 「流石は里華様!お噂以上のお方です!」 「た・だ・し!私があなたに力を貸して、何の得があるっての?もちろん、それなりの報酬は用意してあるわよね?」 「それならお任せ下さい!里華様が欲しがりそうな物は、しっかりと用意してありますので!」  そう言うと、福珍は懐より小さな小瓶を取り出した。怪しげな緑の液体の入った小瓶だ。それを掲げながら、福珍は里華に中身の説明を始めた。 「この小瓶の中身こそ、仙人の作りし妙薬!不老妙薬になります!寿命が伸びる長寿妙薬ではありませんが、死ぬまでの間、老いることも無く、今の美しさを維持する事ができる、里華様にピッタリの妙薬になります!」 「確かに老いる事が無くなるなら、是非とも欲しい妙薬だけれども…そんな妙薬、本当に存在するのかしら?」 「ほ、本物ですよ!私の財産を殆ど使い果たして手に入れた、正真正銘の不老妙薬になりますから!メッチャクチャ高いんですよ、この妙薬は!」 「そんな高価な妙薬を、たかが一人の男を籠絡させる為に購入するってのが、なんだか信じられないのよねぇ?」 「私の様な醜女が!劉清様の様なイケメンリア充と結ばれるのなら!どんなに高価な妙薬だって手に入れますよ!」 「だから、それがおかしいってのよ。仙人が不老の妙薬を持ってるなら、惚れ薬ぐらい持ち合わせてるでしょ?」 「あ、はい。確かに仙界には惚れ薬は存在しますが…」 「だったら態々(わざわざ)不老妙薬なんかで私の助力を借りるより、惚れ薬を使って手っ取り早く惚れさせた方が早いでしょ?」 「惚れ薬を使って、劉清様を惚れさせる!?そんな卑怯な真似、私にはできません!私と劉清様は…もっとこう…ピュアな関係から…その…大恋愛へと発展して…」 「なに、顔を真っ赤にしながら戯言を並べてるのよ、気色悪い!劉清ってのがどれだけのイケメンだか知らないけど、あんたみたいな醜女とじゃ、大恋愛なんか不可能でしょ!?」 「いや、でも、里華様の助力を持ってすれば容易いと…」 「私の助力ってのはね、劉清だかの前で『私と付き合いたかったら、この醜女と合体しなさい』って持ちかける事よ?どんな男だって私の言う事は聞くからね。あんたみたいな醜女と合体させる事なんか朝飯前。ただ、大恋愛なんかは期待しない事!」 「ちょ、ちょっと待って下さい!里華様の助力ってそんな乱暴な話なんですか!?それにそれだと最終的に劉清様と里華様が付き合うのでは…?」 「大丈夫よ。私は劉清なんかに興味は無いからね。あんたと劉清が合体したのを確認したら、とっとと逃げ出すから安心しなさい」 「それって劉清様を騙してるじゃないですか!?さっき『傾城傾国の美女である私は嘘をつかない』って言ってたのに!」 「うるさいわね!いちいち人の揚げ足取りなんかするんじゃないわよ!あんたみたいな醜女と劉清を合体させて上げるって言ってるのよ!細かい事を気にしてる場合じゃないでしょうが!」 「…そんな乱暴な手段を選ぶなら、惚れ薬を使った方がまだマシです!もっとこう、傾城傾国の美女ならではの、イケメンリア充を落とすテクニックなど…」 「そんなものがあったって、あんたみたいな醜女じゃどうにもならないでしょ?いつまでも夢見てないで、惚れ薬でも使ってとっと合体してきなさい!そしてその不老妙薬は、アドバイザーの私が有効に活用してあげるから、ほら!とっととよこしなさい!」 「……」 「…なによ、その目は?なんか文句を言いたそうね?」 「…結局、里華様は容姿が良いからモテてるだけじゃないですか!殿方を落とすテクニックなんて皆無で、外見だけでモテてるだけじゃないですか!」 「確かに私は美人だし、寄ってくる男どもも私の容姿に惚れ込んでるのは否定できないわ。でもね、私に男を落とすテクニックが無いなんてのは、私を理解していない阿呆の戯言(たわごと)!あんたも私に言い寄ってくる男どもと一緒!外見だけで人を判断するな!ばーか!」 「…そこまで言うのなら、余程の自信があるのですね?殿方を落とすテクニックとやらに?」 「とーぜん!」 「なら、私の容姿で劉清様を口説き落として下さい!そのテクニックで!」 「は?」 「ここに『変化の指輪』があります。これを使えば私の姿に変身することが可能となりますので、私の姿に変身して劉清様を口説き落とし…そして…合体する直前に…私と入れ替われば…」  福珍は懐から取り出した変化の指輪を掲げながら、モジモジと身をよじらせる。  劉清と合体する事を想像しながら照れているのだ。とてもキモい。 「は?この私が醜女に変化!?」  驚く里華に福珍は続ける。 「そうです!私の容姿でもし、劉清様を口説き落とせれば、里華様は確かにテクニックがあると…」 「面白い!」 「へ?面白い?」 「私は生まれながらの美女なのよ?ブッサイクな女の生き方なんて、一生知る事なんか無いと思ってたけど…その指輪で醜女として振る舞えるなら、とても面白いでしょ!?」 「…醜女で面白い事なんか、何一つとして有りませんが!まあ、傾城傾国の美女なら面白いかも知れませんがね!」 「うん、面白い!毎日毎日、同じよーに男どもが求婚しに来る、つまらない人生に久々に刺激のある事案が舞い込んで来て、私はとても機嫌が良いわ!」 「…はあ」 「私の気が変わらない内にとっとと旅支度をすませるわよ。確かここから三千里でしょ?かなりの距離があるけど…」 「あ、それなら大丈夫です。曲がりなりにも仙女である私ならではの移動手段がありますから!」  そう言うと福珍は空に向かって呼びかけた。 「生娘斗雲(きむすめとうん)〜!」  福珍の声に呼ばれて、ピンク色の雲が大空より飛来してきた。  そして里華と福珍、二人の前にピタリと止まり、フヨフヨとその場に浮遊している。 「これが仙女である私の乗り物、生娘斗雲です!」 「…何よ、生娘斗雲って?」 「生娘斗雲は、ユニコーンの角の粉末を混ぜて作った、仙人の乗り物の雲です!心清らかなる者…要するに、処女のみが乗りこなせるピンクの雲です。あ、つまり里華様は乗れませんね」 「…そうね、確かに、私には乗れないわね。で?私が乗れない雲をどうしろと?」 「あ、それなら大丈夫です。私が里華様をおぶりますから、二人で乗ることも可能です」 「乗り心地は最悪そうだけど、まあ早く着けるなら我慢するしかなさそうね」 「では、行きましょう!劉清様がおられる東上皇国へ!」  里華を背負った福珍が生娘斗雲に飛び乗ると、遙か東にある東上皇国へと飛び立った。  傾城傾国の美女、里華。そして仙女で醜女の福珍。  おかしな二人組の珍道中は、こうして始まるのであった!
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