紙飛行機と王子様

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「だるー」「つまんないよね」そんな言葉が最近の私と莉香の口癖だ。    新鮮だった高校生活も、二年になればなんの驚きもない。女子力アーップとか言って爪や前髪を超絶綺麗にしていた一年の頃が懐かしい。    パソコンでイラストを描いたりデザインしたりするのが好きだったから美術部に入ったけれど、油絵や水彩ばかりで馴染めずすぐ辞めてしまった。    期末テストが終われば、私たち帰宅部にとってこの時期は夏休み迄することが何にもない。    昼ご飯を食べ終わって、教室には半分ほどの生徒が残っている。    一部の男子たちがわいわい言いながら紙飛行機を窓から投げはじめた。どこまで飛ぶか競い合っている。 「ねえ、あやめ。私たちもやろうよ」    莉香が誘ってくる。ああ、男子の一人は長谷川君だ。短髪さわやかテニス少年、莉香の唯一にして最大テンションが上がる存在。接点を持ちたいよね、もちろん協力する。    莉香と二年でも同じクラスになった時「イケメンいないね」なんて言ってたのにこの変わり身とは。けどそういう相手がいる彼女をうらやましく思う。    けだるく紙飛行機を折る。 「あやめ、印つけないと誰のだかわかんないよ」  じゃあ。私は目印に、つ、ま、ん、な、い、と翼に書いて飛行機を飛ばす。  青い、のっぺりとした空へ……。一人だけすぐ下、玄関の屋根上に落ちた。私のつまらなさは何処へも行かない。まとわりつくんだ。ああ。  下を見てたら、下の窓から顔を出して、こっちを見てきた男子と目が合った。同じクラスの、高田君、だっけ。その次の瞬間彼は顔をひっこめた。 「おい、お前ら、ごみ落とすな!」  怒鳴り声にビクッとなってグラウンドを見ると、体育教師で生徒指導部長の渡辺が凄い形相でこっちをにらんでる。  スカートが短い、とか、お前ら化粧してんのか、とかいつもうるさい奴め。 「うわ、やべー、どうする? 行くしかなくねえ」  と男子たちが口々に言い、相談はすぐに終わった。 「やばー。私らさ、グラウンド行って拾って来る。あやめはどうする?」  チラと長谷川君が視界に入った。私が居ない方が二人の会話のチャンスが多くなるよね。  「ううん、私行かない。私の、グラウンドまで飛んでないし」 「そうだよね、行って来る」  目をきらきらさせ莉香は長谷川君に「行こっ」て言う。  じゃあね莉香、行ってらっしゃい。  さて私の飛行機はどうしようかな。屋根の上に落ちているから、渡辺の視界には入ってないしすぐに取りに行かなくてもいいかな。  でもあとでばれたらめんどくさそう。下の、図書室の窓から出たら取れると思うけど。行くのだるいなー。 「あの、水島さん、今、図書準備室にくっついてる屋根の所に、紙飛行機飛んで来たんですけど、誰のかわかります?」  机を一つ挟んだ向こうから、か細い声で男子が声をかけて来た。ああ、高田君。色白で少し猫背。黒い縁のメガネしか印象に残らないようなあっさりした顔立ちだ。なんか堅いというか、今どきっぽさがなくて、少しやぼったい感じ。    さっき目が合ったよね。バレてるな。 高田君って図書局員だっけ。図書室に居てさ、取れそうだったんならさあ、持って来てくれたら良かったのに。なんて、彼に理不尽な悪態をつきそうになる。 「うん、あーそれ私の。今、拾いに行こうと思ってた」 「ああ、じゃあちょうど良かったです」    図書室の窓からじゃ外に出ても屋根に降り立つのは難しくて、図書準備室の窓から出たら紙飛行機取れますよ、僕が今鍵持っているんです。  と言って彼は図書室に案内してくれる。    三階から二階に降りる。図書室前は少し広いスペースがありホールと呼ばれていた。  ホールだから何かしようぜ、といった感じでダンスしたりみんなで集まったりする生徒たちはいつも、かなりの確率で渡辺に見つかって怒られる。        図書室内は空調が効いて涼しい。カウンターの、地味な銀縁メガネ女子に挨拶した高田君と準備室にむかう。    チラリとカウンターのその子が私を見たので会釈する。  カチャリと彼が鍵を開け、彼に続いて準備室内に入ると、湿っぽいような、ほこりっぽいような匂いがした。  彼はブレザーの上を脱ぎテーブルの上に置く。グイグイっと腕まくりして窓を開けた。細い腕に陽の光が降りかかる。 「よい、しょ」    うわあ。窓枠に足をかけて立つ姿は生まれたての子鹿みたいだ。よろよろ、ガクガク。 「ムリじゃない?」 「だ、大丈夫です。それっ」    中腰みたいな変な体勢で、振り向かずに言い、バッと外に飛び降りる。私のカラダがひやっと冷えた――さよなら高田君。    下をのぞくと、玄関上の屋根にひどく不格好に降り立った高田君が見えた。  わかってるけどドキッとする。短い距離の飛び降りでも、視界から急に消えるのは怖い。 「ねえ、大丈夫ー?」 「けっこう衝撃が……。あ、オーケーです。取れました」  紙飛行機を頭上に掲げ、こっちを見上げてニコっとする。ああ、こんな表情するんだ。なかなか可愛いというか、いいスマイルだ。 「ありがとう」 「じゃあこれ、はいっ」    高田君のひょろっとした腕から、光を浴びながらスラリと紙飛行機が飛んでくる。  ゆっくり、すうっと来たそれが、あわててかまえた両手の中にふわっと着地した。 「ぴったり、ナイス!」 「やった。じゃ戻ります」    そう言って颯爽と彼は準備室内に戻ろうとしたけど……。ダサいなあ。のぼるのは大変だ。何度もぴょんぴょんして、窓枠にしがみついてる。 「ねえ。もう一回、思いっ切りジャンプして。それで、壁のちょっと出っ張ったとこに、足かけて落ちないようにして」 「はいっ」  来た。窓枠内にしがみついてきた瞬間、彼の左手を両手で掴む。    高田君のびっくりした目。いやもう、この状況ならこうするでしょ。 「私、引っ張るから、こっちに、早く来て。せーの」 「はい!」  どうにかこうにか準備室内に戻って来た彼と、息を切らせながら笑い合った。なんか久々に運動した気分。 「じゃ、ありがとう。私、行くね」 「ちょっと待ってください、えーと、それ」 「ん、これ?」    私の手にある、つまんないと書かれた紙飛行機を見てから彼は言う。 「もし、もしかしたら、面白いかもしれないから……時間ありますか。いや、なかったらいいんですけど」  何、なんだろう。ずいぶん弱気な提案だなあ、弱すぎて気になる。 「ある」  パッと彼がまた笑顔になる。 「じゃあこれ、見て下さい。ビブリオバトルって言うんですけど」  
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