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 血の匂いに似た独特な刺激臭が鼻につき、そろりと目蓋を押し上げる。 「……っ」  途端に、目を突き刺すような陽光が襲いかかってきた。咄嗟に目を庇おうとしたが、腕に何かが巻かれていて動かせない。  じゃらじゃらと耳につく硬質な音で拘束されていることに思い当たり、次いでここに来るまでの経緯を思い出していく。    人間と獣人が共存するようになった西暦2260年、ここガルゼア国では、独自のルールが存在していた。それは、獣人は生まれた瞬間から敬われ、上流階級で生きていくことが約束されていて、人間は蔑まれ、奴隷か、よくて獣人の下僕として仕えさせられるということ。  年老いた人間や獣人は、昔は人間が獣人に同じようなことをしていたため、怒った獣人が人間に仕返しをしようとした結果、今の世の中になったと言う。  まだ16でこの国の成人年齢に達したばかりの俺には、確かなことは分からない。それどころか、両親のことも、小さい頃のことも思い出せなかった。  いつの間にか片目を失っていて、猪の獣人、ラントルの元で働かされていたのだ。しかも、ラントルは仕えた少年全員に手を出す下劣な獣人で、俺は隻眼ということで今まで見逃されてきたが、ついに手を出されそうになったため逃げ出した。  ラントルの罵声を背中に浴びながら、転がるように屋敷を飛び出した後、自由を手にできた。というわけではなく、すぐに路上で商人風情の男たちに捉えられ、気が付けば眠らされ、どこかへ運ばれていた。    そこがどこなのかは、今この目の前に広がる景色が雄弁に語っている。  光に目が慣れた先には、鉄格子が視界を囲み、その向こうには目を血走らせた多種多様な獣人たちが溢れていた。 「千ガルから始めましょう!」 「1万!」 「おっと、いきなり万と来ましたか!もっと上の額はありませんか?」 「2万」 「3万!」  次々に上がっていくのは、ガルゼア国のお金の単位である「ガル」の値だ。  この景色には見覚えがあった。確か、ラントルの屋敷に来る前もこうして俺は買われたのだった。  ここでまた違う誰かに買われても、また辛い生活が待っているに違いない。いや、ラントルのところはまだマシだったと言えるのだから、もっと嫌な目に遭うに決まっている。  嵐のような獣人たちの歓声を聞きながら、ぎゅっと目を閉じ、俺は舌を噛み切ろうと、歯に力を込め始めた。
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