001(お隣さん)

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001(お隣さん)

ここは下伊那(しもいな)のとある田舎町。遅い昼飯を求めてリュウは彼女のヤコを連れて近所のパン屋〝藤原パン店〟に寄った。おばちゃん店主が1人で切り盛りしていて、40年ほど続いてる人気店だ。棚には美味しそうなパンが並んでる。リュウはトングとトレーを持ち、パンを選ぶ。ヤコはリュウの後を付いて回る。 「ここのパン屋さん、久しぶりに来たよ~」 「そう? ヤコと来るのは初めてだったかな」 「元カノは連れてきてたのね」 「トゲのある言い方だな。家族とよく来てたんだ」 「ごめんごめん。何がオススメなの?」 「やっぱ、じゃがバターパンだな」 「じゅるり。ネーミングだけでヨダレが垂れそう」 リュウはじゃがバターパンを2つとチョココロネを2つトレーに乗せて会計をする。おばちゃんがレジに立つ。 「いつも買ってくれてありがとね。リュウちゃん」 「藤原のおばちゃんも元気そうで良かった。また来るよ」 リュウとヤコが店から出ると、柴犬が1匹軒先にリードで繋がれていた。 「ワン!」 「可愛い~。ここのパン屋さんの犬かな」 「他に客は居なかったから、ここのじゃないの」 「メスかな? オスかな?」 「どっちでもよくない?」 「メスだと看板娘だけど、オスだと看板……看板息子?」 「オスでも看板娘さ」 「それなんかおかしくない?」 「動物界のLGBTQってことで深く考えないよにしとこうぜ。さ、帰ろう」 「うん」 リュウは運転席に。ヤコは助手席に乗る。リュウのマイカーは、マニア垂涎の日産R32スカイラインGTRの後期型だ。今はもう生産されてない。新車価格は450万円ほどだったが、状態の良い玉だと2000万円を超えるテンションブチアゲな車だ。それはアメリカの道路交通法が影響している。生産終了から25年経つと、基本NGな右ハンドルと排ガス規制をパスできるから、ファンキーなアメリカ人が大量輸入している。 リュウはヤコの膝の上にパンが入った紙袋を起き、自宅マンションに向かって運転する。 「暖かいな~」 「暖房入れてないよ」 「膝上のパンよ。抜けてるわね」 「わりぃわりぃ」 リュウの自宅マンションは3階建てで最上階に住んでいる。祖父母が地主で不動産を幾つか所有していて、リュウはその一部を生前贈与してもらった。リュウは21歳にしてロイヤリティで暮らしてる。大家も兼ねて。GTRも車好きの祖父から譲り受けた物だ。 リュウとヤコは部屋に帰ると、早速リビングでじゃがバターパンを食べる。ホクホクのじゃがいもにひとかじりで溢れる溶けたバター。ヤコは初めて食べて虜になった。 「これ、めっちゃ美味しい!」 「だろう。あのパン屋にハズレはない。また今度いこうぜ」 ピンポーン。リュウの部屋に来客だ。 「誰かな」 「今日、お隣さんが入居するって聞いてたから多分」 「金づるね」 「言い方」 リュウはヤコをたしなめるように言ってから、インターホンを見る。小柄で華奢な女の子が映っていた。麦わら帽子を被ってて顔はよく分からない。 『こんにちは。隣に越してきたアキと言います』 「どうも。今、開けますね」 リュウはドアを開けてアキの顔を見ると可愛い子だった。
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