第18話「勢ぞろい」

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第18話「勢ぞろい」

荘厳な城内の一番広い部屋。 ピカピカに磨き上げられた床に数百人の男たが座っていた。 ざわざわとしゃべっているところへ、寿々晴が速足で現れる。 「まもなく信長様がいらっしゃいます」 その一声で、ぴたっとしゃべり声が消え、しーんと痛いほどの沈黙に包まれる。 全家臣が床に額がつくほど座礼する。 そこへ、信長と、その後ろに蘭丸がついて現れた。 金色の座布団の前に立つと、信長は目の前の家臣たちを眺める。 自分の一声でなんでも言うことを聞く家臣数百人が目の前で、自分への忠誠を誓っていた。 「顔を上げろ」 ゆっくりと、家臣たちの顔が上がる。 信長の目の前、最前列には、美少年の小姓たちが信長に向かっておしとやかに微笑んでいた。 信長の百数人いるといわれている美少年の小姓の中でも一軍。 上物中の上物の少年たちだった。 主君の着替えの手伝いなど、身の回り世話をしたり、宴会のお給仕、接待を任される。 幼い子どもは11歳。上は18歳で、15名ほどがこのランクだった。 寿々晴もここに座っている。 その顔を満足そうに眺め、笑う。 小姓たちもまた、一切表情を崩さず、じっと信長へと微笑んでいた。 信長は、蘭丸が支える座布団に腰を下ろした。 蘭丸もその隣、用意された座布団に座る。 その反対にはすでに雪が小姓たちの方を向き、座っており、頭に包帯を巻いた坊丸がその上ですやすやと寝ていた。 少し離れたとこには佳鷹があぐらをかき、1列目の最年少になる小姓たちと目で会話していた。 佳鷹と目が合い、きゃっと嬉しそうに二人は目を合わせると、遠慮がちに会釈するも、チラチラと佳鷹の目を見続けている。 その隣の目が大きく、前髪をふんわりポンパドールにまとめた小姓が一瞬、キっと蘭丸を睨むと、すぐまた微笑んだ表情に戻した。 キラキラ輝く1列目の後ろ、2列目はまぁまぁな美少年たち20数人。 2軍と呼ばれていた。 荷物の受け取りや信長の部屋以外の掃除。大して中身のない手紙を運んだりする。 この辺りから、信長はチラホラ名前を憶えていない。 その後ろ。数人の不細工たち。3軍だ。 お手洗いの掃除や建物の修繕。馬の世話など体力のいる仕事をする。 実際はもっとたくさんいるが、この場に参加できるのは、その中でも、とりまとめをする頭と呼ばれる年長者だけだった。 その後ろにやっと一益や光秀、藤継たち成人した家臣たちが座っていた。 藤継が小さな声でつぶやく。 「なんで俺らが小姓の後ろなんだよ」 「じじいで不細工なんだかしょうがない」 「これじゃあ、美少年たちの顔が見えん……」 一益の隣には七之助が座り、二人は小さな声で笑いながらしゃべっている。 その後ろの正興の隣には染五郎がいた。 緊張した面持ちの家臣がいる中、佳秋はいたって慣れた様子で、隣の光秀と雑談していた。 「今朝起きたらさ、両脚つっちゃって」 「こわ……」 信長が自分たちの家臣を満足気に眺め終わったところで、蘭丸が話し出す。 「本日はお集りいただきありがとうございました。ここに美濃を手中に収めましたことを報告いたします」 きゃーと1列目の小姓たちが拍手をしながら、キラキラした瞳で喜びの声を上げる。 それに合わせるように、後ろのおじさんたちが機械的に拍手をした。 「みなに感謝する。しかし、俺はまだこの程度では満足していない。天下統一まで、気を緩めんよう、鍛錬に励め」 「はい!」 菊の香りが廊下まで広がっていた。 庭には見られないので、おそらく、誰かが部屋の中に生けたのだろう。 上品ながらも、薬草っぽいような、蝶は好まなさそうな香り。 「信長様、お茶をお持ちしまし……あっ!」 障子を開けかけて、声が上がる。 床の間には立派な菊が生けられた皿。 わざわざ置かれた机にも、皿に生けられた菊の花がたくさん並べられていた。 床の間の真ん前の立派な座布団の上に信長は座っていたが、その膝の上に、雪が横座りし、キスしてた。 薄水色の襦袢ははだけ、背中や、太ももが露になっている。 蘭丸に気づいた雪が、全く慌てた素振りも見せず笑う。 「あ、ちょうどよかった。何か甘いもの欲しかったとこ……」 「だめー!蘭の信長様だもん!」 蘭丸はお茶ののったお盆だけは丁寧におくと、雪とは反対側から信長の首に腕を絡める。 「雪の信長様ー!」 「蘭!」 「雪!」 雪は足の裏で蘭丸の額をぐーっと押し返すと、負けじと蘭丸も足袋履いた足で、雪の太ももあたりを押し返す。 が、身長差から届かない。 「こらこら、やめなさい」 そう言いながらも、信長の顔は嬉しそうだった。 「姉上だけずるい!」 「蘭丸、信長様とずっと一緒にいたんでしょ?今日は雪の番!蘭丸は鍛錬でもしてな!」 雪はふふんと笑う。 「蘭丸、あんな子どもに手一杯で、そんなんで本当に信長様を守れるの?雪は敵地に潜入して、情報得て、寝返りを促し、生きて帰ってきたよ」 やんややんや言ってた蘭丸は静かになり、雪を押しのけようとする脚が止まった。 「悔しかったら、あんたももっと強くなりな」 信長は雪の頭を撫でる。 「雪、もういいだろう。蘭もよくわかってる」 「ごめんなさい。蘭丸にはついつい、たくさん期待してしまって、厳しいこと言ってしまいます」 信長は雪を膝にのせたまま、床柱の前に置かれた薄い木箱に視線を送る。 「蘭、一益のとこに、これを持っていってくれるか?今日は俺の世話はいいから、一益のとこに泊まってきなさい」 「……承知いたしました」 蘭丸は木箱を手に取ると、静かに部屋を出て行った。 とぼとぼと本丸を出ると、小姓の鍛錬場の横を通る。 (はぁ……。どーせ、七之助も、一益殿とご褒美えっちしてるし) 蘭丸は手の中の薄い木箱をじーっと見つめた。 軽い。 耳を近づけ、小さく上下に振る。 カサ、カサと小さな音をたてた。 やはり感触は軽い。 「……」 蘭丸は箱を開けた。 中は日持ちのするスルメ5枚だった。 「……」 手に取ると、口に入れた。 唾液と交わり、スルメのあの味がじゅわ~と口の中に広がる。 大きなスルメをくわえながら、刀を抜いた。 鍛錬用に植樹した大木や大岩を蘭丸はどんどん切り刻んでいく。 「オラついてんな」 「…………」 いつの間にか、切りたての切り株の上に御影が座っていた。 音もなく静かだった。 辺りには、蘭丸に切り刻まれた木や岩の残骸が広がっていた。 「……。御影は、性欲爆弾佳鷹と今日もえっち?」 「あいついねーんだよ」 「あの男もせふれ(男)多いからねー。城下に久々に帰ってきたし、せふれツアーしてんじゃない?」 「俺も混ぜろよ」 「御影も食べる?」 蘭丸に進められて、御影もスルメに手を伸ばした。 「今日の信長様は、手柄をたてた姉上が独占するんだって」 「蘭丸も活躍してたじゃん」 「でも、姉上のが功績が上らしい」 「へー」 「うんこうんこうんこ」 「壊れたな(笑)」 蘭丸はなんの意味もなく、隣にいる御影の背中にどすどすと軽めに頭突きを繰り返していた。 「はぁ……。蘭が姉上に勝てるのって、若さだけ……」 「雪姉さんって、ホント完ぺきだよな。綺麗でえろくて床上手。頭がいいし、戦闘能力も高いし。俺も姉さんみたいになりたいな」 「……」 「蘭丸!落ち込んみすぎ。そんなときは、えっちして忘れよ」 「そんな気分じゃないし……」 御影は、スルメをくわえたままの蘭丸の着物の裾をぺろんとめくった。
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