第20話「居場所」

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第20話「居場所」

満月が天高く上り、幾千もの星が瞬いていた。 ほとんどの生き物たちが寝静まっていると思われる山の中は、ときどき、ざざっと夜行性の動物が狩りをする音が聞こえ、不気味だった。 川のほとりで、焚火の音がぱちぱちと聞こえていた。 「ハッ……!?」 地面に仰向けに寝転んでいた、ろくが体を大きくびくつかせ、目を開けた。 状況がわからず、固まっていると、真横から静かな声がした。 「気がついたか」 「は……だれ……」 「落ち着け。こんな遠くには織田軍はいない」 「あ……」 ろくは放心した顔で、あたりを眺める。 焚火の周りでは、数人の男が地面に直接、雑魚寝していた。 少し小柄な、14歳くらいの少年は同じくらいの少年のお腹を枕に寝ていた。 枕にされている少年は、苦しそうに顔を歪めながらも、払いのけたりすることはなかった。 起きているのは、ろくの横にいる青年だけ。座り込み、顔を焚火の炎で照らしていた。 精悍な顔だったが、どこか物悲しいような印象だった。 焚き火の上には鍋が吊るされている。 「腹が減ってるだろう。味噌汁だ。食べろ。起き上がれるか?」 「あ……う……どうも」 ろくは重い体を無理矢理起こすと、味噌汁が入った椀を受け取った。 思い返せば、織田が攻めてくる前日から、何も食べていない。 薄い味噌の味と、具の大根と白菜の味が舌の上で広がる。 青年は、それほど抑揚のない声で話し続けた。 「お前らの国、織田のやつらにやられたんだろ」 こくんと小さく、ろくは頷いた。 「その様子だと、相当早く、戦(いくさ)はキリがついたんだな」 「…………」 ろくは自分の村に突然現れた織田の武士たちを思い返した。 淡々と人を殺していく少年の顔が浮かぶ。 また、心臓が痛くなる。 手が震えた。 「俺たちは、織田の戦を偵察にきたんだ。着くのが遅れ、あまり見えなかったが」 炎の揺れを眺めていた青年が、ろくの肩に視線をやった。 「その肩の傷、綺麗だった。それは、織田軍の上級武士が持つ刀くらいでしかつけれない」 ろくは肩に手を当てた。布が巻かれていた。おそらく、目の前の青年がしてくれたのだろう。 ろくは体を震わせ、叫ぶ。 「あ、あぁ、そうだ!織田に村を焼かれ、畑を踏み荒らされ、とうちゃんも、みんな、みんな殺された……」 「俺もだ。ここにいる者は、みんな、織田に家族、友人、仲間を殺された者たちだ。俺の妻も子も、やつらに殺された」 「う、ひっく……う……」 味噌汁を持ちながら、ろくが嗚咽を上げた。 肩をぽんと優しく手がのった。 「泣くのを我慢しなくていい。ここにいるのは、同じように大切な人を無くした者ばかりだ。誰も泣くお前を笑ったりなんかしない」 「う、わぁぁ、ぁああ」 ろくは声を上げ、泣き出す。 青年の目が悲しそうに揺れる。 「戦の様子を教えて欲しい。信長の側近はどんな男だった?」 「お、俺より年下で……目が大きくて……女みたいな顔した……」 「やはり、そいつを今側近においてるのか。年は11歳くらいだろ。そんな子どもに人殺しをさせ……気持ち悪い」 青年はどこか遠くを見つめる。 その瞳には、揺らめく炎が映っていた。 「俺には妻がいた。明るくて、可愛くて、いつもにこにこしていて。俺が大した金を稼げず、うまい飯を食べれなくても、にこにこ笑って、一緒におしゃべりしながら食べればおいしいって言ってくれる優しい女だった。産まれたばかりの赤ん坊もいた。それをあいつは、殺した」 今まで、感情を大きく露にしてこなかった青年は、膝の上で拳を強く握りしめた。 「俺は織田信長に復讐する」 「俺も!俺も仲間に入れてくれ!俺もあいつらに復讐したい!」 「俺らは、あいつに勝つために、鍛練をし、命をかけて戦う。お前にその覚悟はあるか?」 「ある!」 ろくのすがるような目に、青年はしっかりと頷いた。 「お前、名はなんと言う?」 「ろく!」 「俺は尊(たける)だ」 たけるはふっと、力が抜けたように笑った。 「ろく、お前の字はどう書くんだ?」 「字、読めないから、どう書くもない」 「そういや、俺も、お前くらいの頃は、字なんて読めなかったな。だが、字は便利だ。手紙のやりとりや記録を残しておくのに、必要不可欠だ。覚えような」 こくん、こくんとろくは大きく頷く。 「お前の名前の字を決めよう」 たけるは落ちていた木の枝をとると、砂に『六』と書いた。 「おぉぉぉ……!なんかいい!」 「数字の六という意味だ。あとは……」 『録』『陸』『鹿』と様々な漢字を書いた。 「んー、難しい。これがいい」 ろくは『六』を指さす。 「そうか」 「たけるさんはどう書くんですか!?」 「こうだ」 『尊』と地面に書いた。 「かっけー!」 目を輝かせる六に、ふふと尊は笑った。 「俺は弟がいた。お前としゃべってると、思い出すよ」 "いた"という言い方が気になったが、六は聞けずに、差し出された干しいもをかじった。 「「織田ぶっころーす!」」 突然の大声に、ろくはびくっと大きく体を震わせた。 声の方を見ると、折り重なって寝ていた少年二人の、伸ばした腕がだらりと下がるところだった。 「寝言だ。全く。うるさいやつらめ」 「おだ……ころす……」「ころしゅ……」 ごにょごにょと二人はまだ寝言を言っていた。 「び……びっくりした……」 ろくは心臓を押さえてながら、ふーっと大きく息を吐く。 「大丈夫だ。なんかあったらこいつらは起きるし、強い。六も寝れるんだったら、まだ寝ろ。日が登ったら、歩くぞ」
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