十三 イギリス大使館完成式

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「なんだと?預かったとはどういうことだ」 多くの客が帰っている玄関の脇。淳之介と日向、秘密警察を集め出した。この物々しい様子。着替えをすませた松子、見送ろうとジョージとアーサーと一緒にいたが、この騒動を見ていた。 「(もしかして。反政府の仕業じゃないのかい?)」 「(アーサー。どうしてそれを知ってるの?)」 英国人の二人。自分たちも命を狙われているので、彼らの動きを把握していると言った。松子は一条の老人が行方不明だと伝えた。 「(僕たちは彼らのアジトを知っているよ)」 「(多分、そこにいるよ)」 「(それはどこなんですか?)」 松子。二人から教えてもらった。これを秘密警察に伝えた。 「警部さん。この二人は案内してくれるそうです」 「それは助かります。早速向かいましょう」 「Matuko!」 「待ってください。ジョージ?まだ何かあるんですか」 二人の話。それは敵の狙いはこの大使館だと話した。松子、通訳した。 「警察の皆さん。お二人の話によれば、事件を起こしてこの大使館から目を離させるのが彼らの狙いではないか、ということです」 「なるほど」 「では。警備を残そう。良いですな総督」 「……松子。英国の二人に感謝してくれ」 淳之介。静かに怒りを抑えていた。すでに客は帰った後。彼は部下に向かった。 「皆の者!よく聞け!私はこれから人質を奪還に参る!秘密警察と同行であるが、残りの者はこの場を死守せよ」 そう指示をした後、日向にこの場を任せた。 「松子。お前はここに残れ」 「いいえ。通訳で一緒に参ります」 「ならぬ。危険だ」 「総督!私は、お役に立ちたいのです……」 最初は家を出たいがために淳之介と結婚しようとした自分。今は違う、彼のために役に立てる妻になりたかった。しかし、淳之介、危険な目に遭わせたくなかった」 「だめだ」 「いやです。一緒に行きます。お願いです!どうか、連れてってください」 ここで。日向が間に入った。 「淳様。お気持ちはわかりますが。通訳が必要です」 「………」 「それに。こことて危険です。おそばにおいて。見守るのが良いかと」 「……くそ」 「淳様!時間はないのです」 確かに通訳が必要な場面。日向の説得に対し淳之介、断腸の思いだった。 「わかった。松子。良いか?私の指示に従うのだぞ」 「はい!」 こうして一行は一条の御隠居を奪還に向かった。 ◇◇◇ ジョージとアーサー達は反政府組織の動きをこちらよりも詳しく掴んでいた。 今回の出来事も予想していたと話し、彼らの部下が運転する車で怪しい倉庫まで案内してくれた。 秘密警察の近所の聞き込みにて、この倉庫に一条の御隠居が連れ込まれたことが判明した。 「総督様。お二人はここまでしか協力できないと言ってます」 「そうだな。ここでお帰り頂こう」 内政干渉に抵触の恐れ。二人に迷惑を掛ける可能性がある。淳之介、礼を言って、英国人達を帰らせた。 「松子。お前は中に入るな。隠れていろ」 「はい」 そして。秘密警察の主導で静かにアジトへと潜入を始めた。 ◇◇◇ 「離せ!離せ!このやろう」 「……元気なご老人だ……お水はどうですか」 「うるさいわ!お前の出すものなど。飲めるか!」 山中を拒む一条老人。椅子に縛られていた。お披露目会に来ていた彼。酒をくれた美女にうっとりしていたと思ったら、いつの間にか車に乗せられていた。そして、今。この古屋敷にて、椅子に捕縛されていた。 「わしをどうするつもりじゃ!」 「それはあなた次第です……これから身代金を要求しますので。家族が出せば家に帰れますよ」 「ふん!そんなことをしても無駄じゃ。わしは家族では見捨てられておる。わしなんぞ、誘拐しても無駄骨よ」 「……私とて。予定ではあなたではありませんでした」 暗闇で顔が見えない山中。悔しさを紛らわせるタバコを吸った。 狙うは松子だった。しかし、彼女はあろうことか舞台で踊っていた。 その美しさ。魅了された山中、なぜか思い出し笑いをした。 「うるさい!離せ!離せ」 「うるさいのはあなたです。おい。口を塞げ」 「はい」 「う。ううう!」 この時。山中はこの倉庫の中に風を感じた。 「誰か。戸を開けたのか?」 「そんなはずはありませんが」 「確認してまいれ」 部下に指示を出した山中。しかし。部下は帰って来なかった。 「何をしておるのだ。おい。お前が見てこい」 「はい」 しかし。この部下も帰ってこない。山中、やっと気がつき、拳銃を老人に押し当てた。 「私としたことが。おい。そこにいるんだろう?隠れてないで出てこい」 もう数人の部下しかいないこの倉庫。すると暗闇から静かに警官の姿が見えた。いつの間にか取り囲まれていた山中。なぜか笑えた。警察の怒号が響いた。 「おい!貴様。何を笑っておる」 「お前達は包囲されている!人質を離せ!」 追い立てる秘密警察。山中、笑った。 「……おかしいですね。なぜここがわかったんですか」 白い帽子、小首を傾げた冷静な山中。しかし、拳銃は老人のまま。そこに淳之介が姿を表した。 「悪いが。こちらには情報網があるのでね」 「一条総督のお出ましとは……しかし、宜しいのですか?大事な大使館を手薄にして」 英国人の話通り。淳之介。笑顔で答えた。 「ご心配無用。大量の部下を残しておいたので、警備は万全だ」 「ほお。どうやらこちらの動きをご存知のようだ」 柔らかい口調。しかし、山中は拳銃を強く押し当てたままだった。薄暗い倉庫。秘密警察と淳之介達はジリジリと近づいていた。 秘密組織の部下は三名。拳銃にて警察を狙ったまま。睨み合いが続いた。 そこに山中が囁いた。 「一条淳之介。私はお前が嫌いだ」 「何か、嫌われるようなことをしましたかな」 時間稼ぎ。淳之介の声、山中、続けた。 「貴様は私の一番欲しいものを持っておる。さらにその価値に気がついておらぬ。愚かしい……なぜに、貴様などに」 「何のことだ」 「もはや罪だな。知らぬということは」 呆れた体裁。だが、急にその声は恐ろしげに変わった。 「娘だ!あの娘は貴重な娘。その娘を。貴様は」 「まさか、松子か?」 血走った目。握る拳銃に力は入った。淳之介、これに丸腰で両手を上げて近づいていた。 「山中、諦めろ」 「貴様などに指図など……」 山中、憎しみの目で拳銃を急に淳之介に向けた。 「死ね!」 バーンと銃声が轟いた。シーンとなった倉庫の空気。撃たれた淳之介。抑えた胸は痛くもない。その足元には誰かが倒れていた。 「松子?」 「……紅葉の娘?なんと……」 「……総督……松子は、大丈夫です」 飛び出して銃弾を受け彼を庇った松子。抱き上げた腰から血が出ていた。 「お前……おい」 呆然とする淳之介。秘密警察は救急隊を叫び、事態は大騒ぎになった。 「松子!しっかり致せ!」 「……平気です……総督」 「くそ。何ということだ」 抱いたまま淳之介。山中を睨んだ。山中、まだ淳之介に銃口を向けていた。この間に一条老人は確保されていた。 「私のせいではない。全て貴様のせいだ。貴様のせいで、全てが」 「……撃ちたくば俺を撃て。今度こそ俺を殺してみろ」 「だ、黙れ」 淳之介を銃口で狙う山中。その手も声も震えていた。怒りの淳之介、松子を優しく床に置き彼に向かった。 「さあ?どうした……その西洋の武器で私を撃つがいい」 「西洋の武器、ふ、こんなもの」 山中、拳銃を腰にしまった。そして今度は腰から刀を抜いた。 「貴様にはこれで十分だ」 「望むところよ」 ここで。淳之介は刀を抜いた。山中と二人は倉庫で斬り合いになった。 激しい戦い。秘密警察も見守るだけ。緊迫した様子、その間、助けられた一条老人、松子に寄り添っていた。 「おい、娘!しっかりいたせ」 「……総督は?大丈夫ですか」 血を流しても淳之介を心配する松子。老人、必死で手を握った。 「ああ。見ろ。あやつは負けぬ。勇ましい男じゃぞ」 本気の斬り合い。松子を撃った山中を許せぬ淳之介。渾身の力で彼に斬りかかった。これを防ごうとした山中。刀が折れた。そのまま腕が朱に染まった。 「く!?さあ、殺せ!……俺にトドメを刺せ」 腕を切られた山中、血走った目で睨んだ。淳之介、荒い息を整えた。 「やるものか……お前に死など。生きて、生きてその身に恥辱を受けるが良い」 「うわあああああ。殺せ!俺を殺せ」 叫ぶ山中、警察に捕まった。 「勝ったぞ!淳之介が勝ったぞ」 「本当に……よかった」 涙を流す松子、気を失いかけた。 「おい。気を保て!淳!早う!淳!」 ここで彼は駆けつけた。 「松子!ああ……私は大丈夫だ。おい」 「……」 顔色が真っ白の松子。淳之介、己の頬を当てた。 「ゆくな!松子、私はお前なしでは生きていけぬ、松子、松子!」 暗い倉庫、冷たく横たわる娘。抱えた胸の中のその顔、美しくどこか笑っていた。淳之介、その胸にただ顔を埋めていた。 そして。駆けつけた救急隊員により松子は病院に運ばれた。 ◇◇◇ 「先生。どうでしたか」 「長い手術時間、よく耐えたと思います」 担当の外科医。術後の説明をした。 「銃弾は骨に当たっておりまして。取り出しましたが、内臓が一部損傷していました。現在は縫合により傷は塞がっています」 「では?命は助かったんですね」 必死の淳之介。担当医は言いにくそうに話した。 「最善は尽くしました。ですが、出血が多すぎました」 「そんな……」 病院の廊下で真っ青の淳之介。ここで一条の御大が尋ねた。 「では先生、このまま目を覚まさない、ということですかな」 「……あとは本人の、気力次第です」 「おお。松子……」 淳之介の嘆き。悲しく冷たい廊下に響いていた。 つづく
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