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すでにアーケードの端に到達していた優の小さな後ろ姿を見つけると、必死に叫んだ。
「待って!」
声が届いて振り向いた優は、ハアハアと息を荒げて走ってくる私にビックリして足を止めてくれた。
良かった。嫌がられていない。
嫌だったら逃げても良いのに、優しい優は、そうしないで待っていてくれる。
「優!」
優が私を見ている。
私を待っていてくれている。
待たせてはいけないから、懸命に走った。
「優! そこで待っていて!」
何回、名前を呼んだだろうか。
もうすぐだ。もうすぐ優に追いつく。
優がギョッとして体を引いた。
お願い、逃げないで。
「優!」
「……」
「ハアハア……、あれ?」
優が私を見ているはずなのに、近づくにつれ違和感を抱いた。
変だ。おかしい。優と目が合わない。優は、私を見ていなかった。
「優?」
私の声さえ、届いていない。
無反応で、ずっとどこかを見ている。
優の視線は、私から微妙に外れて、さらに後ろを見ていた。
「何を見ているの?」
後ろを向くと、そこには福猫がいる。
優の視線の先にいたのは、私じゃなくて福猫だった。
福猫は、宙に浮いて空気抵抗を受けて左右にブレながらも、あたかも私とヒモでつながれた風船のように一定距離を保ってついてきている。
そんな福猫を、優が不思議そうに凝視している。
「まさか……」
私以外の人間に見えたことのない福猫。優にだって、見えるはずがない。
でも、優は福猫がいる場所を見ている。
「ハアハア……。待っていてくれて、ありがとう……」
ようやく優の所に着いた私は、必死に息を整えた。
「そんなことより、猫が浮いている」
優が指摘した。しっかりと福猫が見えている。
「優に見えるの?」
「ああ。宙に浮かんで手も足も動いていないのに、走っている君の後ろを同じスピードでついてくる不思議な猫がいるなと思って見ていたんだけど。どうなっているんだ?」
自分にしか見えないと思っていた福猫が優にも見えるなんて、これ以上の喜びがあるだろうか。
今まで福猫について相談したくても、誰にも話せなかったから、初めて同志が出来た気がして嬉しくなった。
それが優だったことで、さらに感激だ。
「凄い! 私以外で見える人は、優が初めてよ! この猫、福猫って言うの! 自称、猫の神様なの!」
「神様?」
「あくまでも自称ね。私は信じていないんだけどね。でも、一緒にいると、不思議なことが起きるの」
兆、魁、清太郎の三人と仲良くするのも、福猫が原因だとハッキリ伝えて誤解を解きたい。
「あたしが見えるんだね」
福猫が喋り出して、優はギョッとした。
「喋った⁉」
「あたしは猫の神様さ。喋るくらい、朝飯前さね」
私の時と同じように、優に対しても堂々と自己紹介している。
「うわ、マジ? 初めて見た」
優は、プカプカと浮いている福猫を不思議そうに見ている。
「ああ、そういうことか……」
真実に気づいて気落ちした。
優は私を待っていたんじゃなくて、福猫に驚いて足を止めたのだ。
でも、理由はどうでもいい。私の目的は、優に謝ることだからだ。
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