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昔々あるところに狩猟の腕前はイマイチだけど、心優しい猟師がおりました。
「ふー、今日も獲物は無しか‥‥」
溜め息を吐きながら今日の結果を呟いては、気持ちが夕暮れと共に暗くなっていく。
冬が近づいてくる足音のように木枯らしが駆け抜けて、寒さが厳しくなっていくのは懐事情も同様だった。
「このままじゃ、この鉄砲を質屋に売らないといけなくなるな‥‥。まあ、独り身だからこそ、なんとかなるか‥‥」
背負っている古い銃がズッシリと重く感じてしまう。
より落ち込みながら山道の家路を歩いていると、「クーン‥‥」と脇道の草陰から何かの鳴き声が聴こえてきたのであった。
動物の鳴き声に猟師としての性なのか。気になってしまい恐る恐ると様子を伺うと――
「‥‥何やってんだ。おまえは?」
そこには、一羽の大きな白い鳥が木の枝の間に長い首が挟まっており、抜け出せずにいたのである。
「クーン‥‥」
弱々しい鳴き声だった。
きっと、リスやネズミなどの小動物を捕食しようとしていた時に、この枝の間に首を突っ込んでしまったのだろう。
これ幸いとして、この間抜けな鳥を捕らえようとしたが、無抵抗な動物を捕らえるのは如何なものかと、ちっぽけではあるが猟師としての矜持が揺らいだのだ。
「嬉々として、こんな間抜けな鳥しか捕らえないようでは、猟師としての先は無いな‥‥」
男は枝をへし折り、白い鳥を救出した。
「ほら、逃げな」
白い鳥は一度だけ男の方を振り返ったが、すぐに翼を羽ばたかせては、長い首を折り曲げて空の彼方へと飛び去った。
「今度出会ったら、容赦しないからな」
鷺を見送りつつ自分にも言い聞かせるに呟き、再び家路を歩んでいく。
その足取りは少しだけ軽くなったようだった。
山間に建てられたオンボロ家屋が男の家だ。
勝手知ったる家の戸を開けると、
「おかえりなさいませ、貴方様」
慣れたように白く美しい女性が出迎えてくれた。
「‥‥え、誰!?」
「先ほど助けていただいた鷺でございます」
「え? さ、サギ?」
「はい、そうでございます」
「サギなんて者を助けた覚えはないぞ」
「ああ、この姿は仮の姿でございます。元の姿では、この通りお礼に参ることができませんでしたので」
「御礼参り!?」
※御礼参りには“報復”といった俗語の意味があります。
「そ、そんな、御礼をしていただけるようなことは、していないと思いますが‥‥」
「まあ、ご謙遜なさらずに。立ちっぱなしなのも、あれですなので、汚く狭い家畜小屋のようですが、どうぞお上がりになって、くつろいでください」
「そうですね‥‥って。ここ、俺の家なんだけど!」
「存じております」
「分かってくれれば‥‥いや、その前に、御前さんは、なぜ俺の家に勝手に上がりこんでいるんだ?」
「まあ、私のことを御前なんて。ぽっ///」
「ぽっ、じゃない。それで、なんで俺の家に居るんだ?」
「さっきも申したではありませんか。先ほど助けていただいた鷺です」
「さ、サギ!? ってことは、やっぱり俺を騙しに来たのか?」
「さっきから何かと勘違いしているかと存じますが。要は助けていただいたお礼に参ったのです」
「御礼参り!?」
「天丼な返し(同じネタ繰り返す)はお腹いっぱいになりますわよ」
「何の御礼かは分からないが、勝手に人の家に入って待ち構えているのは失礼だろうに。というか、なぜに俺の家がここだと知っていたんだ?」
「‥‥まあ、そんな些細なことは良いじゃないですか」
「いやいや、ちょっと違うベクトルで恐いんですけど」
「時代設定にそぐわない言葉を使わないでくださいな。しかし、このままでは埒が明かないですので、進めます」
「進めるって、なにを進めるの?」
「私は隣の部屋で、御礼の品として羽織を織らせていただきます」
「話しを進めるってことね」
「ですが、私が羽織を織っている間、決して中を絶対に覗かないでくださいね。い・い・で・す・ね?」
「い・い・で・す・ね? を、お・も・て・な・し、みたいに言うなよ」
女は男のツッコミを無視して、隣の部屋に入り襖を静かに閉めたのであった。
「しかし、御礼の品に羽織を織ってくれるのか。どんな羽織を織って‥‥というか、男の独り暮らしに機織り機なんてものはないぞ!?」
男は慌てて襖を勢い良く開けると、部屋の中には一羽の鷺が居たのであった。
鷺は家にあった布団や茶碗などの生活雑貨品を片っ端に風呂敷に包み入れていたのである。
「何をしているんだ?」
「はい、この品々を売って、羽織を買ってこようかと」
「よしんば、その俺の物を売ったとしよう。それで羽織は買えそうかい?」
「二束三文にしかならないでしょうから、これが羽織(骨折り)損のくたびれ儲けってやつですかね」
猟師と鷺は一緒に大笑いした後、猟師は背負っていた銃を構えて、狙い撃つ。
「ちょっ!?」
狙い撃つ。
「まてよ!!」
狙い撃つ。
鷺は必死に翼を羽ばたかせて、窓から飛び出して大空へ逃げていった。
猟師は飛び去っていく鷺を見つめ、至近距離にも関わらず、鷺に命中しなかったことを悔やみ、
「猟師、辞めるか‥‥」
鉄砲を売ったお金で、なんとか冬を乗り切ったのでした。
おしまい。
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