八 「二人の河」~流れの景色~21

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八 「二人の河」~流れの景色~21

 智也は千恵と歩調を合わせながら歩いた。  これからの人生を一緒に歩んでいけるように。二人の歩調に未来ある人生の思いを乗せて、願いを込めて歩いた。  ゆっくり歩きながら、智也は何か会話をしなければと焦りを覚えた。弾むような会話を切り出すには、どんな言葉をかければいいのだろう。二人の思いが共有するような話題。やはり映画に関する話題が一番共有できる話題となる。しかし、寂しさや悲しい話題はさけたい。できるなら二人が笑い合えるような明るい話題が必要だ。  想い出の先には必ず未来がある。  想い出の未来はこれから幕が開かれる。  第三部はご夫婦のこれからの人生です。  智也は館長さんの言葉を思い出した。  言い方を変えれば、人生の積み重ね方によって、未来が作られるということだ。ならば気持ちの持ち方次第で、人生はやりなおせる。  そうか。二人が出逢った頃の想い出について話を始めたらいい。  自分の笑顔が、相手の笑顔を誘う。また相手の笑顔が自分の笑顔を生み出す。自分の心に余裕が生まれ、相手に癒しを与えられる。  智也は思いを大切にして、喜びを伝えられる言葉を探した。  千恵は無言で歩き続ける智也の顔を視界に入れた。  智也は無言ではあるが、表情に笑みを含んでいるように見える。  映画のことでも思い出しているのだろうか。そうであれば、二人の思いは明るいはずだ。以前のように言葉をかけることに緊張を覚えない。今なら自然に話すことができるような気がする。  歩道に足先を進めながら、千恵の方から智也に話しかけた。 「ねえ」 「ん。なっなに」  突飛に千恵から話しかけられて、智也は動揺した。  しまった。タイミングを外した。自分から言葉をかける前に話しかけられた。智也の顔に緊張が走った。  千恵は智也の表情が変わるのを見逃さなかった。  今、言葉を詰まらせれば、智也の緊張が自分にうつってしまう。  千恵は間を置かず言葉を続けた。 「変なことを言ってもいい」 「どうした」  智也の顔が少し強張った。  千恵は智也の緊張感を和らげようとして、笑顔を見せて言った。 「そんなに身構えないでよ」 「ごめん」  智也が緊張をほぐした表情に移り変わるのを見て、千恵が言葉を続けた。 「私、思ったんだけど、あの人たち」 「あの人たち」 「館長さんたち」 「ああ。その館長さんたちがどうした」 「もしかしたら天使かもしれないわね」 「まさかあ」 「でもそう思わない。だってあまりにも不思議な映画を観させてもらったんだから」 「そう考えれば、そうかもしれないな。うん。確かにそう思えてくるよ。天使かもしれない。もしかしたら、あの館長さんはサンタさんかもしれない」 「そう思うでしょ。だから、私たちも伝える言葉があるでしょ」 「そうか。まだ伝えてなかったな」 「メリークリスマス」と二人が同じ言葉を伝え合った。  さらに二人の会話がテンポ良く続く。  同意を得ながら続く会話は、とても気持ちが良い。二人の心に共感や共有を感じる。千恵に自然な笑みが生まれた。思考を重ねるのではなく、気詰まりすることもなく、自然体でいられるような会話が交される。千恵は心に弾みを覚えた。 「本当にいい映画だったわね」 「ああ、特に主人公がよかった」 「どっちが」 「二人がさ」  千恵との会話が心から楽しい。  智也は、街中で、大声で、「千恵、お前が好きだ」と叫びたくなった。「俺はお前に恋している」と告白したくなった。  千恵が優しく微笑み、智也の腕にそっと腕を組んだ。  今、俺が突然叫んだりすれば、千恵は驚くだろう。この雰囲気を壊したくない。やはり自分の思いは家に帰ってから打ち明けようと智也は決心した。 「これからどうする」 「えっ」 「どこか食事へでも行かないか」 「ええ、いいけど」 「どこへ行こうか」 「せっかく二人の映画を観たんですもの。決まってるじゃない」 「あそこかあ」 「そう。あの定食屋さんへ行ってみましょうよ」   智也は腕時計を顔まで上げて時間を確かめた。  千恵がのぞこうと背伸びをした。  智也が千恵に顔を向けて話した。 「品数は少ないかもしれないが、まだ間に合うだろう」 「だといいわね」 「もし閉めてたら、店主を叩き起こすかあ」 「またあ、自分勝手に決めるんだから」 千恵が無邪気に笑い、智也が包み込むようにそっと微笑んだ。  千恵と智也が肩を並べて歩調よく駅へ向かう。組んだ腕が二人の隙間を埋めてゆく。  智也が歩道に足を取られて前のめりになった。 「大丈夫」千恵が気遣っている。 「年かな」智也が口にする。 「今日は三世代分も年を経たもんね」千恵が優しく笑う。 「お互い」  いつまでも心を通わせながら笑い合う声が、静寂な聖夜を満たしていた。
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