第一話 七月二十四日 【鈴】 手紙

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第一話 七月二十四日 【鈴】 手紙

 もう梅雨明けなのかな? 今日は夏休み前日、この三日間くらい蒸し暑い雨の日が続いてたけど今日は晴れてくれた。  「夕方は涼しいな」 しっとりとした風が吹き、Tシャツの袖から入り込んできて、脇、おなかと擦れ違う。夏は朝も好きだけど、このオレンジ色が景色を包んでいく夕方もなんとなく好き。  田んぼの蛙たちは夜通し大声をあげている、もうすぐ蝉たちも必死で鳴き出すだろうな。 ◆  「今日渡さないと」 わたしは手紙を届けに行く途中だ。たまに夕日にかざして、風に当てて、今の空気を染み込ませながら歩いている。 Y字路を右に行くとすぐに赤い屋根のお家が見えた。  「けーごくーん」 ケイゴくんの部屋に向けて呼びかける。 ◆  「あら、リンちゃんこんばんは」 ケイゴ君のお母さんが物置から出てきた。 手に漬物を持ってるから夕ご飯の準備中かな。  「待っててね、今呼んできてあげるから」 「ありがとう」 わたしがこの家に用があるとすればケイゴ君にしかない。回覧板の順番もこの家の後だし、それがわかっているからおばさんはすぐに察してくれた。 ◆  「スズ、どうしたの?」 すぐにケイゴ君が玄関から出てくる。 私の名前は「鈴」と書いて「リン」て読むんだ。 ここ、大鳥沢の仲良しの子たちは「スズ」と呼んでくれる。わたしはどっちで呼ばれても気にしないしどっちも気に入っている。  「あのね、ケイゴ君に大事なお願いがあるの」 おもいっきり笑顔で話しかけた。  「この手紙を夏休みの最後の日に私に届けてほしいの」 「どういうこと?誰からの手紙?」 急なお願い、きょとんとした顔で聞き返してくる。  「そうだなあ、わたしに届くまでのお楽しみ。中身は開けちゃダメだよ。約束して」 「心配しなくても開けないよ」 「ちゃんと約束して」 「わかった。約束する」 大事なことはちゃんと約束する、前みたいになるのは嫌なんだ。 たぶん・・・ケイゴ君もそうだと思う。  「忘れないでね、あと必ず手渡ししてね」 条件を足すのは約束を取り付けたあと。  「ポストじゃダメなの?」 「だーめ、忘れないでね。あ、明日はみんなで集まるんだから夜更かししないで寝るのよ。約束ね」 「わかった、それも約束する」 「ありがとうケイゴ君。また明日ね」 ◆  用事も済んだ。わたしも帰ってご飯を食べて、お風呂に入って早めに寝よう。  夕日がもうすぐ山影に入ってしまう。夕方と夜の間は不思議な色だな。綺麗だけど少し怖い感じ、わたしは走って家に戻る。  最終日に届くまで手紙のことは忘れることにした。湿っているけど柔らかい風がわたしの背中を夏休みに向けて押してくれている。
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