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友人への手紙の抜粋
先日、星祭りに出かけた時のことなんですけどね。
わたしったらつい、はしゃいで一日中歩き詰めてしまって、あんまりにもヘトヘトだったからすぐそこの喫茶店に入ることにしたんです。
レトロ喫茶と言うんでしょうね。ああいうの。
店内の落ち着いた雰囲気がとても心地よくて、初めて入ったお店なのに、まるで自分が常連じゃないかと錯覚を覚えるほどでした。
店主もまたおヒゲを生やした初老の紳士。
このおヒゲがまた私好みのおヒゲでして、こう、くるん。とね?
この店主がまた真面目時々おちゃめで、そのギャップも私好み。
もう、「家が近かったら通うのにー!」と心の中で何度思ったことか。
ちょっと疲れてたので、コーヒーはよして、ホットミルクを注文したんです。
面白いことに、そのお店はミルクのおかわりが自由だというのです。店主にどうしてか訊ねるとコーヒーは売りだから。と、そしてどうやら近所の猫が立ち寄るみたいでそのためのサービスらしいんです。
お店の中は私と店主の二人きり。有線のピアノジャズが軽やかに流れていました。
しばらくするとドアが開いてお客が入ってきました。
二人組で一人が店主に「マスター、いつもの」と言うと、店主は『いつもの』を用意するために屈んだり、背伸びをしたり、少し忙しなくしていました。
あの二人組はきっと常連なんでしょう。少し奥まったテーブル席に着いた二人。
どんな人が常連なのか少し気になって、悪い気はしたのですが好奇心に抗えずに、少しだけ覗き見たんです。
驚きました。カツなんです。カリッと揚がったであろうあの揚げ物のカツ。
──じゃあ、相手は? そう思った時に目は既に相手の席を見ていました。
どんぶりでした。中にはご飯が敷かれていて、それも揚げ衣が落ちている状態でした。
なんで……と、言おうとした言葉を飲み込んでふたりの会話は聞き取れませんし、表情も読み取れませんが何やら大事な話をしているらしく目がいってしまうのです。
そうこうしているうちに店主が注文の品を運びます。
皿に乗せられたのはキャベツの千切り。
それをソースとくったりと炒めたもののようでした。
戻ってきた店主とそっとふたりの様子を見ていますと、急にどんぶりご飯が「五切れって言ったじゃん!!」と激昂し店を飛び出してしまったのです。
外はいつの間にか雨が降っており、窓に雫がついていました。
遅れて慌てたカツが駆けてゆきます。「すみません」と。店を出る彼のパン粉にはもうどんぶりご飯しか写っていないのでしょう。
店主が徐にどこかへ電話をかけます。
数分後二人は戻ってきました。警察に連れられて。
どうやら食い逃げということになったようで、店主はそこに怒っていたようです。真面目時々おちゃめな店主の妙な琴線に、通うことがあったとしても、財布と会計だけは忘れずにいようと思いました。
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